最新医学と連携!産育食ラボVol.3 DOHaD説って何?〈前篇〉―小さく産まれると病気になりやすいの!?―

最新医学と連携!産育食ラボ

「低出生体重児は、将来成人病になるリスクが高い」。近頃、そんな話を耳にしたことはありませんか?
21世紀最大の医学学説とも言われる注目のDOHaD説について、前篇・後篇の2回にわけてやさしくレクチャーします。

工樂真澄博士(理学)

「月とみのり」専属サイエンスアドバイザー
工樂真澄博士(理学)

神戸大学理学部卒。神戸大学大学院自然科学研究科博士課程修了。
分子進化を主なテーマとして パリ11大学、国立遺伝学研究所、理化学研究所で研究を行う。ドイツでの子育て経験もあり。野球少年の一男の母。

妊娠中に生活習慣病の要因がつくられるなんて!?

    • ちまたでは2500g以下で産まれた低出生体重児は、将来病気になりやすいと聞くんですが、それって本当ですか?
    • 成人してから発症した病気とその人が生まれたときの体重、すなわち出生体重との関連についての研究が行われているのです。図1が示すのは、出生体重と2型糖尿病の発症との関係です*1。

2型糖尿病は生活習慣病としてご存知ですよね。このグラフで見ると出生時に大きく産まれた人(グラフの緑枠)は、通常の体重で産まれた人よりも糖尿病を発症しやすいことがわかります。2型糖尿病の要因としては肥満が大きく関係しているといわれます。通常より高体重で産まれると肥満になる傾向があることからも、この結果は理解できます*2。

でも見ていただきたいのですが、このグラフは真ん中がへこんだU字型になってますよね。ということは、通常より小さめで産まれた人(グラフの赤枠)でも発症率は高くなっているんです。具体的に2500g以下ということではなく、標準より出生体重が軽くなればなるほど、リスクが高くなっているのがよくわかると思います。

 

  • ホントですね。いったいどういうことなのですか?
  • 現在では多くの疾患に関して遺伝子レベルでの研究が進んでいます。生活習慣病も例外ではありません。“遺伝”と聞くと、なんだか生涯に渡って全く変わらないイメージがありませんか?実はとても柔軟性があることがわかってきています。
  • 遺伝子が突然変異で変わるということですか?
  • 遺伝子そのものは変わらないんです。でも遺伝子の“働き方”が変わってしまうんです。
  • え?遺伝子の働き方が変わるって?
  • 生物には”可塑性”といって、環境に柔軟に対応する能力があるんですね。お母さんのお腹の中で十分な栄養を得られないと、赤ちゃんの遺伝子は低栄養状態にあわせた“働き方”をするようになります。そしてこの“働き方”は生涯に渡って固定されてしまいます。
  • そうすると?
  • 栄養不足に対応するための遺伝子が好んで働くわけです。すると大人になっても普通の人より栄養を効率的に体内で利用できることになります。飢餓や栄養が足りない環境では、これは有利かもしれませんね。
    でも通常の食生活では不必要なまでに体が過剰に栄養をとりこむわけですから、その結果として2型糖尿病などの発症リスクが高くなるわけです。他にも高血圧や心臓血管疾患などの発症リスクが高くなるという報告があります。
  • うーん、環境に柔軟に対応する力が、かえって病気を引き起こす原因になるなんて…
  • これらの事実から現在“DOHaD説”とよばれる仮説が提唱されています。一言で言うと『胎児期の環境が将来の健康に影響している』という説で、詳しくは後ほどご説明します。
    でも低体重で生まれたからといって、必ず成人病を発症するというわけではありませんから安心してくださいね。2型糖尿病の発症には遺伝も関わっていますが、それ以上に食生活や運動習慣が大きいといわれます。大切なのは本人や親御さんの健康への意識です。まずは子どものうちから健康的な生活を身につけることで、生涯に渡っての発症リスクを回避できると期待できます。

 

過度なダイエットはやめて!妊娠前の体格(BMI)が重要です。

    • 低体重で産まれる赤ちゃんは多いんですか?
    • WHO(世界保健機関)では2500g未満を低出生体重児としています。図2は厚生労働省の調査です。ご覧のように低体重で産まれてくる子どもは年々増加傾向にあることがわかっています。この影響は何十年も先になって、生活習慣病の患者さんの増加として現れてくると考えられます。

    • 低体重で産まれるってことは、妊娠中のおかあさんの栄養が足りないということですか?
    • それもひとつの要因ですが、それだけでなく妊娠前の体格が重要だといわれています。妊娠前にBMI値*3が低すぎる、すなわち痩せ型の体型だと、妊娠してから低体重児が産まれやすいそうです。一つのデータとして、母体の妊娠前の体格(prepregnancy BMI:pBMI)が18~24の標準体型だった女性が妊娠、出産したときに生まれる低出生体重児は4.5%だったのに対して、pBMI が18未満のいわゆる痩せ型の女性が妊娠、出産した場合には低出生体重児が10.4%を占めたという報告があります*4。
    • 妊娠前の体格が、出産に関係あるんですか!?
    • 若い女性の中には“痩せ志向“のあまり、不健康なダイエットをしてしまう方も多いようですね*5。でも健康な赤ちゃんを産むためにはダイエットのしすぎは禁物です。卵巣というのは女性ホルモンの分泌に欠かせない重要な器官ですから、これが働かない状態では健康な赤ちゃんを授かることはできません。過度のダイエットは生理不順をおこし、骨密度や脂肪を減少させ、妊娠そのものを維持できなくする恐れがあります。
      通常の卵巣の機能を維持するには、体脂肪が22%以上あることが必要だそうです*6。
    • ダイエットのしすぎは妊娠にまで影響するんですね。でも、だからと言って太りすぎはどうなんでしょう?妊娠には影響ないんでしょうか?
    • もちろん影響します。妊娠中ももちろんですが妊娠前にBMI値が高すぎる女性は、死産や早産になりやすいという報告があります*7。
      標準体型のBMI値は18.5~25.0とされていますから、この値から大きくそれることのないように普段から心がけましょうね。
    • そうなんですか。太りすぎでも痩せすぎでもダメなんですね。
    • 体脂肪率と卵巣機能には密接な関係があります。おかあさんが痩せすぎだったり太りすぎだったりの状態で妊娠してしまうと、早産のようなリスクもあります。そして赤ちゃんが低体重児で産まれてしまうと、将来、通常よりも高いリスクで成人病を発症するかもしれないというわけです。
    • 妊娠を意識したら、たとえまだ赤ちゃんを授かる前であっても、食べるものに気をつけてバランスのよい体づくりを行うことが、ご自身にも未来の赤ちゃんにも大切なことなのですね。
    • また、このお話を聞いて不安に思う妊婦さんもいらっしゃるかもしれませんが、自己判断で食べる量を増やしたり、減らしたりは絶対にしないでくださいね!お腹の赤ちゃんはおかあさんの栄養状態の変化にとても敏感です。ぜひ産婦人科などで行われる栄養指導を受けてみてください。くれぐれも主治医の先生のもとで適正な体重の管理を行うように努めましょう。。後篇では、妊娠中の食生活が赤ちゃんに及ぼす影響について、さらに詳しく掘り下げていきます!

  1. Birth weight and subsequent risk of type2 diabetes: A meta-analysis. Thomas H et al. Am J Epidemiology 2007: 165, 849-857
  2. High birth weight is associated with obesity and increased carotid wall thickness in young adults: the cardiovascular risk in young Finns study.  Skilton MR et al. Arterioscler Thromb Vasc Biol. 2014 May;34(5):1064-
  3. BMI値 (Body Mass Index) 肥満度を示す体格指数。体重÷身長÷身長で算出。
  4. 本田洋 周産期の栄養と食生活の問題点. 周産期医学 31 p153-158, 2001
  5. 厚生労働省 e-ヘルスネット
  6. Link between body fat and the timing of puberty. Kaplowitz PB Pediatrics. 2008 Feb;121 Suppl 3:S208-17.
  7. Prepregnancy weight and the risk of adverse pregnancy outcomes. Cnattingius S, Bergström R, Lipworth L, Kramer MS. N Engl J Med. 1998 Jan 15;338(3):147-52.

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