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産育食ラボ

妊娠~授乳期の食にまつわる「なぜ?」。
最新の医学的知見をふまえて、女性サイエンスアドバイザーがやさしくお答えします。

Vol.17そうだったの?葉酸と遺伝子の意外な深~い関係〈後編〉

妊娠中に大切といわれる葉酸ですが、体内でどんな働きをしているかはイメージしにくいもの。でも「DNA形成や遺伝子の働きに影響している」と聞くと、ちょっとドキッとしますよね。そんな葉酸と遺伝子の深~い関係を2回にわたって徹底解説!

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答える人
「月とみのり」専属サイエンスアドバイザー
工樂真澄博士(理学)
工樂真澄博士(理学)
神戸大学理学部卒。神戸大学大学院自然科学研究科博士課程修了。分子進化を主なテーマとして パリ11大学、国立遺伝学研究所、理化学研究所で研究を行う。ドイツでの子育て経験もあり。野球少年の一男の母。

葉酸は「塩基工場の副資材=炭素ユニット」の補充係も担当している働き者

前回のお話から、葉酸がお腹の赤ちゃんの発育にとても大事だということが、よくわかりました。

葉酸は遺伝子のもとになる部品「塩基」を作っているのでしたね。発育の著しい胎児の成長には欠かせない栄養素です。

でも栄養素って一種類だけでは働けないんですよね? 葉酸のように作業員として働く栄養素がたくさんいるのですか?

もちろん、葉酸だけではなく他のビタミンや栄養素の助けも大切です。でも、葉酸のすごいところは一人で何役もこなすというところです。前回お見せした図をもう一度見てください。葉酸は塩基工場の作業員だと言いましたが、葉酸がいろんな作業に関わっていることに注目してください。葉酸は部品を組み立てるために必要な材料の供給も行っているのです。

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葉酸そのものが塩基になるわけではないということでしたが、材料の供給ってどういうことですか?

もう一度、工場を思い浮かべてみましょう。冷蔵庫でも車でも、たくさんの部品が必要ですね。でもたくさんの部品を組み合わせるには、溶接剤や接着剤などの「副資材」が必要です。葉酸は様々な副資材を供給する役割も果たしています。

塩基工場の副資材って、どんなものですか?

わたしたちの体は主に有機化合物からできています。例えばタンパク質や脂肪もそうですね。有機化合物に「ユニット」というものがつくと、化合物の性質や働きが変化するんです。たとえば「アルコール」というのは、酸素と水素から出来た「-OH」というユニットが付いたものの総称で、エタノールやメタノールなどが含まれますが、どれも性質が似ています。また酢酸や乳酸など「○○酸」と名前の付くものには「-COOH」というユニットが付いていて、酸っぱいという性質があります。

おもしろいですね、ユニットごとに性質が変わるなんて!同じ特徴を持つ「〇〇族」みたいな感じですね。

体の中の物質の合成では、このようなユニットの受け渡しが多く行われているんですが、葉酸はその中でも、炭素(元素記号C)が一つ含まれた「1炭素ユニット」と結合して、これらを必要としている物質に受け渡しをする役割があります。工場でいえば、行程に合わせて必要な場所で、必要な時に、必要な副資材を臨機応変に受け渡す作業員さんというところですね。

だんだん葉酸のスゴさがわかってきました!一人何役もこなす葉酸って、芸達者ですね。

遺伝子が発動するスイッチのON/OFFに葉酸が関わっているのはなぜ?

さらに最近、メチル化に関する葉酸の役割がクローズアップされています。
メチル化とはメチル基が付くことで、メチル基とは「-CH3」で表される1炭素ユニットの仲間です。

なんだかむずかしくなってきましたけど、メチル基が付くと何か変わるんですか?

「ゲノム」をご存知でしょうか。ゲノムというのは全てのDNA配列のことです。たとえばヒトとチンパンジーって、確かに似ているけど区別がつくでしょう?それぞれの生物を特徴づけるような情報がゲノムには収められているのです。
そのゲノム上の、どの部分を、いつ、どこで、どのように使うかをコントロールすることを「遺伝子制御」といいます。DNAの遺伝子制御の方法の一つが、メチル化です。ゲノムの決められた場所にメチル基を付けたり、はずしたりすることで遺伝子の働きを制御します。

遺伝子を発動させるスイッチのON/OFFみたいなもの、ということですか?

そういうことです。ここでも葉酸は優秀な補助役です。葉酸が直接メチル化を行うのではなく、図のようにメチル化を行う「SAM」という物質に、メチル基を受け渡す役割をしています。

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SAMだから、「サム」君ですね! メチル化劇場ではサムが主役で、葉酸はサムに手柄を譲る名脇役といったところかな。

葉酸が不足するとSAMの合成が止まります。するとメチル化が正しく行われず、正常な遺伝子制御ができなくなります。結果的に、ある特定の遺伝子が働きすぎたり、働き足りなかったりして、生涯にわたって病気を起こしやすくなったりします。「遺伝子そのものではなく、遺伝子の“働き方”が変わる」というこの仕組みをエピジェネティクスといいます。胎児期の環境が、将来の健康に影響しているとする注目の学説「DOHaD説」とも深く関係しているんですよ。

葉酸って赤ちゃんにとって、ホントに大切な栄養素なんですね。どんどん摂らなきゃ!

最後に葉酸の摂り方についてですが、大量のサプリメント摂取による悪影響が懸念されています。葉酸は体内で作ることができませんから、決められた分量を毎日の食事からとることをお勧めします。
また葉酸をたくさん摂っていても、アルコールを飲むと葉酸が機能しにくくなります。神経管の形成は受精して3週間くらいなので、まだ妊娠に気づかないくらいかもしれませんね。妊娠の可能性がある方、または妊娠を予定している方は、アルコールには特に気をつけましょう。上手な摂り方については、こちらも参考にしてくださいね。

《参考文献》

  • 『栄養とエピジェネティクス―食による身体変化と生活習慣病の分子機構―』ネスレ栄養科学会議 監修 建帛社
  • 『ラーセン最新人体発生学 第2版』 ウイリアム・J・ラーセン 西村書店
  • 『最新医学大辞典第3版』医歯薬出版
  • 『病気がみえる vol.10第3版』メディックメディア
  • 『ハーパー・生化学 原書29版』丸善出版

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