産育食を知る

サイエンスアドバイザーの研究室から

産育食ラボ

妊娠~授乳期の食にまつわる「なぜ?」。
最新の医学的知見をふまえて、女性サイエンスアドバイザーがやさしくお答えします。

Vol. 19 おかあさんの「鉄不足」、赤ちゃんにどう影響する?〈前篇〉

人の体内にわずかしか存在しないけれど、とても大切な役割をする「鉄」。赤ちゃんの健康のためには、妊娠・授乳期だけでなく、妊娠前から鉄不足対策をしておくことが大切なんです。鉄は、いつ、どれだけ、なぜ必要なのか、前後篇に分けてお伝えします。

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答える人
「月とみのり」専属サイエンスアドバイザー
工樂真澄博士(理学)
工樂真澄博士(理学)
神戸大学理学部卒。神戸大学大学院自然科学研究科博士課程修了。分子進化を主なテーマとして パリ11大学、国立遺伝学研究所、理化学研究所で研究を行う。ドイツでの子育て経験もあり。野球少年の一男の母。

微量でも重要な鉄は、「山椒は小粒でもピリリと辛い」を地で行く存在!

突然ですが、地球でもっとも多い元素は何かご存知ですか?

わ、いきなりですね…。たぶん水素? いや酸素かな? そういわれると、よく知りませんね。

たしかに宇宙全体の約7割は水素なんです。でも地球だけをみると、もっとも多いのは「鉄」なんですよ。今日はその「鉄」のお話です。妊婦さんと赤ちゃんの健康にとって「鉄」がどれほど重要なのかを、最新の研究論文を交えながら一緒に考えていきましょう。

鉄は体内にも多いのですか?

地球で一番多い元素だといいましたが、鉄が体内で占める割合はごくわずかなんですよ。でも全くなくなってしまっては、生きていけません。鉄のように量は少ないけれど、体にとって大切な元素のことを「微量元素」といいます。 厚生労働省は非妊娠時の基準量約6mgに加えて、妊娠初期にはさらに2.5mg、中期、末期には15mgを余分に摂取するように勧めています1)

どうして妊婦さんは、通常よりも多くの鉄分をとる必要があるのですか?

それは妊婦さんが鉄不足になると、お腹の赤ちゃんの発育に様々な影響が出るからです。詳しく説明する前に、まずは私たちの体の中で、鉄がどのように利用されているのかをみていきましょう。体内の鉄は「機能鉄」と「貯蔵鉄」の2種類に分けることができます。

「機能鉄」ということは働いているんですね。

その通りです。鉄が赤血球の「ヘモグロビン」に含まれていることは、よくご存じですね。ヘモグロビンのように、体内で働いているのが「機能鉄」です。機能鉄には酸素の運搬やエネルギーの代謝、解毒作用など、様々な役割があります2)

もう片方の「貯蔵鉄」とは何ですか?

その名の通り「ストックされた鉄」です。鉄の一部は「鉄貯蔵タンパク質」というタンパク質と結合して、必要時に備えて細胞内に蓄えられています。鉄不足になると、まず貯蔵鉄が使われます。貯蔵鉄がなくなると機能鉄が使われるわけですが、さらに機能鉄も不足してしまうと「貧血」になってしまいます3)

妊娠中、鉄分を最も必要とする時期はいつ?

妊娠中は、通常のストックだけでは足りないのですか?

そうなんです。次のグラフを見てください。これは妊娠前後で必要な鉄分の量を表したものです。妊娠中は通常の何倍もの鉄分が必要になることが、お分かりいただけると思います。

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ホントですね。妊娠前と同じ量では全然足りないですね。

グラフからわかるように、最も多くの鉄分が必要になるのは妊娠中期から後期にかけてです4)。この時期には、胎盤や赤ちゃんの赤血球を作るために、たくさんの鉄が使われます。

もしこの時期に妊婦さんに鉄が不足していると、どうなるのでしょうか?

多くの調査から、「鉄不足の妊婦からは低体重児が生まれるリスクが高い」ことが、明らかにされています5)

どういう仕組みですか?

鉄は血液の重要成分であり、体内の酸素交換に深く関わっています。母体が鉄不足になると十分なヘモグロビンが作られず、そのため胎盤にも酸素が十分に行き渡りません。言ってみれば赤ちゃんが「酸欠」のような状態になってしまうのです。これではすくすくと発育することはできません。

妊婦さんの鉄不足で、赤ちゃんが息苦しくなるなんて…想像もしませんでした。

それだけでなく、鉄不足によって「酸化ストレス」が胎盤や臓器で増すことが、動物実験から示されています。酸化ストレスは細胞や組織を破壊する原因にもなるんですよ6)

こわいですね…。低体重児は病気のリスクが大きくなるのでしたよね。

低体重で生まれた子どもは正常体重で生まれた子どもよりも、成人してから高血圧や心臓疾患、糖尿病などを患うリスクが高いと言われています7)。妊婦さんの鉄不足は、このような形で赤ちゃんの将来の健康にまで影響を及ぼすのです。

赤ちゃんを望む女性が、妊娠前から鉄不足対策をしておきたい理由とは。

それでは最も鉄を必要とする妊娠の中期、後期に積極的に鉄分をとればいいのでしょうか?

たしかに上のグラフを見ると、妊娠初期に必要な鉄分は、他の時期に比べてずいぶん少ないことがわかります。しかし意外なことに、低出生体重児につながりやすいのは「妊娠初期、または妊娠前の鉄不足」であることが明らかになってきています。

どういうことですか?

イギリスで妊婦さん1274人を対象に鉄分摂取と出生時体重について調査を行ったところ、妊娠初期(12週まで)の鉄分摂取量が、出生時体重と相関することがわかりました。8)特に妊娠初期、中期に貧血の症状があると、低出生体重児になるリスクが高くなることが、いくつかの調査結果から明らかになっています9)

妊娠初期の鉄分の摂取量が関係するなんて、不思議ですね!

また中国で行われた調査によると、妊娠前に貧血気味だった女性から生まれた赤ちゃんは、健康な女性が産んだ子供よりも体重が軽くなることがわかりました。妊娠前に「鉄欠乏性貧血」と診断された女性から生まれた子どもは、出生時体重がさらに軽くなることも示されています10)

妊娠する前の健康状態が、巡り巡って赤ちゃんに表れるということですね。

妊娠初期の体内の鉄分バランスは、妊娠する前から培われてきたものです。調査からわかったことは、妊娠前の鉄分の状態はそのまま妊娠中も引き継がれ、子どもの発育に影響を及ぼす可能性があるということです。また貧血にまでいたらなくても、鉄分が不足気味だと低体重児になる確率が高くなるということも明らかになっています11)
ここまでみてきてお分かりのように、妊娠中はもちろんのこと妊娠前であっても、鉄不足にならないように意識することが大切です。特に妊娠初期の鉄分は、妊娠する以前からの積み重ねの結果です。いざ妊娠したからといって鉄分補給をはじめても、すぐに体内で貯蔵されるわけではありません。鉄分を意識した食生活を日頃から心がけるようにしましょうね。

後篇では、生まれてからも続く鉄不足の影響や、鉄の摂取方法について考えていきます。

《参照文献》

  1. 日本人の食事摂取基準2015 年版http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10904750-Kenkoukyoku-Gantaisakukenkouzoushinka/0000041955.pdf
  2. 『栄養機能科学 第3版』p129 栄養機能科学研究会 朝倉書店
  3. 『標準生理学』p530小澤瀞司、福田康一郎 医学書院
  4. Iron requirements in pregnancy and strategies to meet them. Bothwell TH.  Am J Clin Nutr. 2000 Jul;72(1 Suppl):257S-264S.
  5. Is There a Causal Relationship between Iron Deficiency or Iron-Deficiency Anemia and Weight at Birth, Length of Gestation and Perinatal Mortality? Rasmussen K. J Nutr. 2001 Feb;131(2S-2):590S-601S; discussion 601S-603S.
  6. Maternal iron status in early pregnancy and birth outcomes: insights from the Baby’s Vascular health and Iron in Pregnancy study. Alwan NA et al. Br J Nutr. 2015 Jun 28;113(12):1985-92.
  7. 月とみのり Vol.3 DOHaD説って何?―小さく産まれると病気になりやすいの!?http://tsukitominori.com/lab/1802/
  8. Dietary iron intake during early pregnancy and birth outcomes in a cohort of British women. Alwan NA et al. Hum Reprod. 2011 Apr;26(4):911-9.
  9. 9. Anaemia, prenatal iron use, and risk of adverse pregnancy outcomes: systematic review and meta-analysis. Haider BA et al. BMJ. 2013 Jun 21;346:f3443.

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