産育食を知る

サイエンスアドバイザーの研究室から

産育食ラボ

妊娠~授乳期の食にまつわる「なぜ?」。
最新の医学的知見をふまえて、女性サイエンスアドバイザーがやさしくお答えします。

Vol. 20 おかあさんの「鉄不足」、赤ちゃんにどう影響する? 〈後篇〉

人の体内にわずかしか存在しないけれど、とても大切な役割をする「鉄」。赤ちゃんの健康のためには、妊娠・授乳期だけでなく、妊娠前から鉄不足対策をしておくことが大切なんです。鉄は、いつ、どれだけ、なぜ必要なのか、前後篇に分けてお伝えします。

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答える人
「月とみのり」専属サイエンスアドバイザー
工樂真澄博士(理学)
工樂真澄博士(理学)
神戸大学理学部卒。神戸大学大学院自然科学研究科博士課程修了。分子進化を主なテーマとして パリ11大学、国立遺伝学研究所、理化学研究所で研究を行う。ドイツでの子育て経験もあり。野球少年の一男の母。

赤ちゃんの体内に鉄の蓄えが少ないと、貧血になることも?

前篇では、妊婦さんの鉄不足が低出生体重児に繋がりやすいことをみてきました。低体重児で生まれた赤ちゃんは成人してから、高血圧や糖尿病などのリスクが高くなると言われています。

DOHaD説(参照(1) 参照(2)ですね! お腹の中で鉄分が足りないとすくすく育つことができずに、低体重児になりやすくなる。そして低体重児は大人になってから、いろいろな病気の発症リスクが高い、ということですね。

それだけではありません。赤ちゃんは生まれてからも、急激なスピードで成長します。成長には多くの鉄分を必要とするため、鉄不足になりやすいのです。特に低出生体重児は「未熟児貧血」といって、鉄不足からの貧血が重症化しやすくなります12)

低出生体重児は、生まれながらにして鉄不足なのですか?

次の2つの棒グラフを見比べてください。これは出生前後の赤ちゃんの鉄分の内訳を表したものです。上は3500グラムで生まれた赤ちゃん、下は低体重で生まれた赤ちゃんのものです。

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下のグラフでは、全体的に棒グラフが低いですね。あと、黒塗りの部分が少ないですね。

低体重で生まれた赤ちゃんは、全体的に正常体重の赤ちゃんよりも体内の鉄分量が少ないことがわかります。黒塗りの部分が少ないのは、特に貯蔵鉄が少ないことを表しています。前篇でもお話ししたとおり、貯蔵鉄というのは、必要時に備えて細胞内に蓄えられている「鉄のストック」のことですね。

一時的に鉄不足になった時に、この貯蔵鉄から使われるんでしたね。

そうなんです。赤ちゃんは、妊娠後期に母体から鉄分を受け取って生まれ、それを体内に蓄えています。生後4カ月くらいまで、母乳からの鉄に加えて、その蓄えを利用しているんですよ。。しかし低体重の赤ちゃんや、早産で生まれた赤ちゃんは、母体から十分に鉄を受け取らないまま生まれてくることも多く、特に貯蔵鉄が不足しがちになるわけです12)

でも生後6か月ぐらいからは、どちらのグラフもほぼ同じくらいの高さで、内訳も似ていますね

それは、母乳以外に離乳食などから栄養を摂ることができるようになるからです。

なるほど。生まれてから半年くらいまでに鉄不足だと、どのような影響があるのでしょうか?

鉄は神経系の構築に欠かせない要素で、主に神経細胞のエネルギー代謝や、ミエリン髄鞘の形成、モノアミン系の神経伝達物質の代謝に使われます。胎児期の鉄不足が、将来的な認知機能障害や行動障害に繋がる、と指摘している研究者もいます14)

いくら大切な栄養素でも、過剰な鉄分摂取やサプリの乱用は避けて!

なんだか心配になってきました。生後間もない赤ちゃんにも、鉄分を与えたほうがいいのですか?

過剰な鉄分の摂取は重大な障害を招く恐れがありますから、自己判断で赤ちゃんに鉄分サプリメントなどを与えては絶対にいけませんよ。もし低体重で生まれたとしても、鉄分補給は、必ず医師の指示のもとで行います。また母体の妊娠高血圧症候群や妊娠糖尿病が、胎児の鉄不足を招くこともあります14)。お腹の赤ちゃんのためにも、妊娠中から体調管理をしっかり行いましょうね。

赤ちゃんに人工的に鉄を与えるのはよくないにしても、これだけ重要な鉄ですから、大人にはサプリも有効なんじゃないですか?献立を考えるのも大変だし…。

ある調査では、鉄分のサプリメントを適切に摂ると低出生体重児の割合が減る、という結果も出ています11)。ただし鉄分をサプリメントで取る場合は、適正範囲を越えないよう、十分注意してください。

摂り過ぎはよくないのですか?

鉄サプリメントの過剰摂取による弊害が指摘されています。どんな優秀な栄養素であっても、摂り過ぎは体に悪影響を与えます。特に鉄は他のミネラルと異なり、腎臓や肝臓などから積極的に排出されることがありません。適正な範囲の量であれば、腸からの吸収率を変えることで、余分な鉄分は排せつ物とともに体外へ排出されます。しかし鉄分が体内であまりにも過剰になると、毒性を示すことがあります。

毒性を示すとは?

鉄を過剰に摂取すると吐き気や下痢、さらに胃腸障害を起こすことがあります。また体の中で蓄積され、皮膚の色素沈着などをおこす場合もあります15)。さらに最近の韓国での調査によれば、鉄サプリメントを摂取している妊婦さんの多くは、推奨量よりもずっと多くの鉄分をとる傾向があり、さらに過剰に鉄を摂取していた妊婦さんから生まれた子どもは、頭部や脚などの成長が遅い傾向があるそうです16)

摂りすぎても赤ちゃんの成長に影響するんですか!「何事も過ぎたるは及ばざるがごとし」ですね!

サプリメントによる鉄分摂取が食事からのノンヘム鉄の吸収を妨げて、酸化ストレスの増加を促すとも言われています16)。そのためイギリスなどでは、健康な妊婦さんが日常的にサプリメントを摂ることは、推奨されていません17)

日々の食事から鉄分を上手に摂るコツを知って、妊娠授乳期をすこやかに。

不足してもダメだし、摂り過ぎもコワいし、鉄分の補給は難しいですね。

通常の食事から摂取する程度であれば、鉄の過剰症を起こすことはほとんどありません。できるだけサプリメントに頼らず、食事から摂るようにしましょう。どうしてもサプリメントで補給する場合は、自己判断でなく医師の指導に従うようにしてください。

食事から鉄分を取り入れるのに、どんなことに気をつければいいでしょうか?

食物から体内に取り入れられる鉄の形は様々です。野菜や果物に含まれる鉄の多くは「非ヘム鉄」です。これに対し肉類に含まれるのが「ヘム鉄」です。一般にヘム鉄のほうが吸収されやすいといわれます18)。また鉄分の吸収は、同時に摂取する栄養素によっても大きく変わり、タンパク質やビタミンCなどによって鉄の吸収率は上がります。反対に苦み成分のタンニンや、生のホウレンソウに含まれるシュウ酸によって吸収が抑制されてしまいます2)

組み合わせが大事…。むずかしく考えず、日々いろんな食材をバランスよく摂っていれば自然に鉄不足対策になるのかもしれませんね。

それに加えて、調理に「鉄なべ」を使うことも鉄不足対策になりますよ。こちらの記事もぜひ参考にしてみてください。

《参照文献》

  1. 日本人の食事摂取基準2015 年版
    http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10904750-Kenkoukyoku-Gantaisakukenkouzoushinka/0000041955.pdf
  2. 『栄養機能科学 第3版』p129 栄養機能科学研究会 朝倉書店
  3. 『標準生理学』p530小澤瀞司、福田康一郎 医学書院
  4. Iron requirements in pregnancy and strategies to meet them. Bothwell TH.  Am J Clin Nutr. 2000 Jul;72(1 Suppl):257S-264S.
  5. 5. Is There a Causal Relationship between Iron Deficiency or Iron-Deficiency Anemia and Weight at Birth, Length of Gestation and Perinatal Mortality? Rasmussen K. J Nutr. 2001 Feb;131(2S-2):590S-601S; discussion 601S-603S.
  6. Maternal iron status in early pregnancy and birth outcomes: insights from the Baby’s Vascular health and Iron in Pregnancy study. Alwan NA et al. Br J Nutr. 2015 Jun 28;113(12):1985-92.
  7. 月とみのり Vol.3 DOHaD説って何?―小さく産まれると病気になりやすいの!?http://tsukitominori.com/lab/1802/
  8. Dietary iron intake during early pregnancy and birth outcomes in a cohort of British women. Alwan NA et al. Hum Reprod. 2011 Apr;26(4):911-9.
  9. Anaemia, prenatal iron use, and risk of adverse pregnancy outcomes: systematic review and meta-analysis. Haider BA et al. BMJ. 2013 Jun 21;346:f3443.
  10. Preconception hemoglobin and ferritin concentrations are associated with pregnancy outcome in a prospective cohort of Chinese women. Ronnenberg AG et al. J Nutr. 2004 Oct;134(10):2586-91.
  11. Depleted iron stores without anaemia early in pregnancy carries increased risk of lower birthweight even when supplemented daily with moderate iron. Ribot B et al. Hum Reprod. 2012 May;27(5):1260-6.
  12. Feの補充 (『Q&Aで学ぶお母さんと赤ちゃんの栄養』) 周産期医学Vol.42 増刊号2012 p.548-549東京医学社
  13. Iron and other micronutrient deficiencies in low-birthweight infants. Domellöf M. Nestle Nutr Inst Workshop Ser. 2013;74:197-206.
  14. Diagnosis and prevention of iron deficiency and iron-deficiency anemia in infants and young children (0-3 years of age). Baker RD and Greer FR. Pediatrics. 2010 Nov;126(5):1040-50.
  15. 国立健康・栄養研究所 http://hfnet.nih.go.jp/contents/detail38.html
  16. Maternal iron intake at mid-pregnancy is associated with reduced fetal growth: results from Mothers and Children’s Environmental Health (MOCEH) study. Hwang JY et al. Nutr J. 2013 Apr 2;12:38.
  17. Vitamin supplementation in pregnancy.Drug Ther Bull. 2016 Jul;54(7):81-4.
  18. 妊娠中の栄養素の代謝とその付加量-鉄 ( 『Q&Aで学ぶお母さんと赤ちゃんの栄養 周産期医学Vol.42 増刊号2012』p.305-307東京医学社

《その他の参考文献》
Identification, prevention and treatment of iron deficiency during the first 1000 days. Burke RM et al. Nutrients. 2014 Oct 10;6(10):4093-114.

《語句説明》低出生体重児:出生時の体重が2500g未満の新生児。

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