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妊娠~授乳期の食にまつわる「なぜ?」。
最新の医学的知見をふまえて、女性サイエンスアドバイザーがやさしくお答えします。

Vol. 24 おとうさんの肥満が赤ちゃんの健康に影響するってホント? 

私たちは「遺伝」によって、性質や特徴が親から子へ受け継がれることを知っています。けれど、親子であっても遺伝子の「働き方」は必ずしも同じではありません。最新の研究では、おとうさんの生活習慣が、赤ちゃんの健康に影響を及ぼす可能性があることがわかってきました。

答える人
「月とみのり」専属サイエンスアドバイザー
工樂真澄博士(理学)
工樂真澄博士(理学)
神戸大学理学部卒。神戸大学大学院自然科学研究科博士課程修了。分子進化を主なテーマとして パリ11大学、国立遺伝学研究所、理化学研究所で研究を行う。ドイツでの子育て経験もあり。野球少年の一男の母。

おとうさんが肥満だと赤ちゃんが病気になりやすい?

「お目々がパパにそっくり」とか「髪の多いのはおかあさん譲り」などという話を、赤ちゃんを囲んでよくしますが、遺伝子ってそんなに人によって違うものなんですか?

2003年にヒトの全ゲノムが解読されてから、たくさんのことがわかるようになってきました。ゲノムというのは、遺伝子も含めた全ての遺伝情報のことです。ゲノム解読技術の向上で、今では個人間のゲノムを比べることができるようになっています。そうやって互いに違うところを拾い集めてみると、いろんなことが明らかになったんですね。


ゲノムは究極の個人情報とも言いますよね。

そうですね。例えばヒト同士ならゲノムのほとんどは全く同じです。でも、兄弟、さらには双子であっても、体格や性質など違いがありますよね。その個人を特徴づけているのは、ゲノムのほんの0.1パーセントだと言われます。

たったそれだけの違いで個人差が出るなんて、不思議ですね。たとえば「頭が良い」などというのも遺伝で決まってしまうんでしょうか?

現在わかっているところでは、たとえば背の高さなどは遺伝子に大きく依存しているようです。しかし、頭の良さや性格などは判断基準も曖昧ですし、生まれてからの環境によっても大きく変わると考えられますから、一概に全て遺伝子で決まるとは言えませんね。

たしかに遺伝子がよくても、勉強しなければ成績には結びつかないかも……。それでも、子どもが親に似るところはたくさんありますよね。生活態度もそう! ことば遣いとか、お行儀とか、子どもに真似されて思わず反省することも……

ハハハ。そういう意味では今日ご紹介するトピックも、「生活習慣の遺伝」とでも言えるかもしれませんよ。今日お話しするのは「肥満」についてです。最近の研究によると、肥満傾向の男性ではDNAが変化して、それがそのまま子どもに受け継がれる可能性があるそうです。

おとうさんが肥満だと、その子どもも肥満になるというのはよくある話のような気がしますが、そこに「DNAの変化」があるってどういうことですか?

これはデンマーク行われた研究です。標準体型の男性(BMIが20.6から24.9)と、肥満傾向の男性(BMIが29.8以上)で、「精子」に含まれるDNAがどのくらい異なるかを調べたところ、DNA全体で約9000カ所に違いがあることが明らかになりました。その中の多くは、食べ物を消化したり、他の栄養素のもとを作り出したりする「代謝」の遺伝子に関わる変化でした1)。

生まれてくる子どもが、将来、消化したり代謝したりする力に、影響があるってことですか?
お父さんが肥満だと、その子どもも肥満になるということですか?

それだけではありません。肥満傾向にある男性の精子では、脳に関わる遺伝子に影響を及ぼすような変化も、多く見られたのです1)

精子の遺伝子が変わってしまうから、子どもに伝わるわけですね。

遺伝子が変わるといっても、DNAそのものが変わるわけではないんです。これには、このサイトでも何度かご紹介した「エピジェネティクス」という仕組みが関係しているのです。

遺伝を越えて遺伝する? エピジェネティクスとは?

エピジェネティクスというと、DOHaD説2)のところで出てきましたね。

上の研究で注目したのは、おとうさんが生まれたときから持っている遺伝情報ではなく、生活習慣や外部環境によって、生まれた後に加わった変化なんですよ。このような変化を「エピジェネティック」な変化と呼びます。

おとうさんが生まれつき太り気味だったから、じゃなくて、おとうさんが太りやすい生活を送っていたから、ってことですか。遺伝情報って、固定的なものではないんですね。

そうです。たとえ親と同じ遺伝子をもっていても、その遺伝子が親子で同じように働くとは限りません。遺伝子の「働き方」には可塑性があり、親と子であっても、遺伝子の働いている程度や種類は異なります。DOHaD説は簡単に言えば、子宮の中で赤ちゃんが十分な栄養を得られないと、赤ちゃんの遺伝子は生涯にわたって低栄養状態にあわせた「働き方」をするようになり、大人になってから成人病を引き起こしやすくなるという説です3)

遺伝子の「働き方」が栄養をため込もうという方向に働くんですね。

そうです。「エピジェネティックな変化」を起こす仕組みはいくつかありますが、主に、DNAやそれを取り囲む物質に特別な「飾り」が付いたり、または取れてしまったりすることで起こります。「飾り」の一つが、DNAに付く「メチル基」です。メチル基のような化学的な飾りは、外部環境や生活習慣によっても起こります4)

そのDNAの「飾り」もおかあさんの卵子とおとうさんの精子を介して、子どもに受け継がれるのですか?

じつは最近まで、エピジェネティックな変化は、親から子へ引き継がれることはないと考えられてきました。精子や卵子が作られるとき、または受精のときにDNAの飾りは「リセット」、すなわち消されてしまうんです。

へえー! 便利な仕組みですね! 消されてしまうなら、お父さんの肥満の影響も受けないはずですね。

そうなんです。今まで、化学的「飾り」によって遺伝子の働き方が変化したとしても、親から子へ受け継がれることはないと考えられていたのはそのためです。しかし最近の研究から、いくつかのエピジェネティックな変化は消されないまま、精子や卵子のDNAに残り、子どもに引き継がれる可能性があることがわかってきました。

父親の栄養状態が子どもに与える影響――最新の研究から

夜遅くまで仕事で頑張っているおとうさんたちは、食事も不規則だし、飲み会も多いです。なかなか運動する時間もとれないし、肥満になる原因がいっぱいです。でもそれって、遺伝というより後天的な要素ですよね。その影響が、生まれてくる子どもにもおよぶわけですか。

ピジェネティクスの研究は人では難しいこともあり、マウスやラットなどの実験動物で積極的に進められています。たとえば、高カロリーの食事を与えられていたラットを父親に持つ子どもは、糖の代謝に異常があることが報告されています。栄養不足も影響があり、交尾の数週間前から食事を制限した雄マウスを父親に持つ子マウスは、血糖値に異常が生じることが報告されました5)

動物実験ではたとえ数週間の栄養状態の変化でも、子どもの健康を左右するんですね。

少し詳しい話になりますが、岡山大学で行われた研究をご紹介しましょう。
まず、雄のマウスに高脂肪の食事を与えて育てます。その雄を父親にして生まれた子マウスは、「アディポネクチン」と「レプチン」という遺伝子の働きが変化していることがわかりました6)
アディポネクチンは脂肪細胞で生産、分泌されるホルモンです。抗糖尿病や抗動脈硬化の作用があり、代謝異常で起こる病気の発症に深く関わっています。アディポネクチンが減ると、インスリンの抵抗性が増して糖尿病や高血圧などを発症しやすくなります7)

コワイですね……。

レプチンもまた、脂肪細胞で生産、分泌され、食欲に関わるホルモンとして知られています。レプチンが分泌されると満腹感があり、食欲が治まります。しかし、レプチンが不足すると満腹感が得られず、常に食べたいという欲求が生まれます8)
この研究からわかることは、父親が高カロリーな食事を取りつづけると、代謝に深く関係する遺伝子にエピジェネティックな変化が起こり、その変化が子どもに受け継がれることで、将来的に子どもが代謝異常を引き起こす可能性があるということです。

ヒトでも同じようなことが起こるかも知れないのですね。大食漢のおとうさんがいる家庭は、大食いのクセが似てしまったり、こってりしたモノが好きな嗜好が似るせいで、子どもが肥満になりやすい、というイメージを描いていましたが、今のお話はそれよりもっと前、胎内にいる時から遺伝子レベルで、影響を受けているということなんですね。

ヒトに関する研究も徐々に進められています。中国の研究グループは、「糖尿病前症」という症状をもつ父親から生まれた子どもは、父親のDNAのメチル化を受け継いで、糖尿病になりやすい傾向があることを報告しています9)。その他にも、肥満や心臓疾患、がんや行動障害などが、エピジェネティックな仕組みによって、父親から子どもに受け継がれる可能性があることが報告されているんですよ10)

赤ちゃんを望むなら、女性だけでなく男性も食生活や生活習慣の見直しを

栄養状態以外にも、エピジェネティックな変化を引き起こす原因はあるのですか?!

タバコもその一つですね。以前、こちらの記事で、おかあさんの喫煙がお腹の赤ちゃんに及ぼす影響についてご紹介しました。喫煙していた妊婦から生まれた赤ちゃんでは、約6000カ所を超える場所でDNAのメチル基修飾が確認されました。

妊婦さんのタバコについてはよく注意されますが、おとうさんが喫煙者でも影響があるのですか?

もちろん父親の喫煙も影響します。2009年に韓国のグループによって発表された論文によれば、父親の喫煙習慣と子どもの白血病発症リスクとの間には相関が見られ、特に父親になる以前、すなわち受精を行う前に喫煙習慣があった人の子どもには、がん化に関わる遺伝子に変異が起こって、白血病発症のリスクが増すことが明らかにされました11)

うーん、遺伝子って自分では変えられないし、子どもに受け継がれるのが当たり前だと思っていたのですが、自分の食生活や不摂生が子どもの健康に影響するとなると、責任を感じますね

そうですね。DNAには先祖から受け継いだ遺伝情報はもちろんのこと、今回ご紹介したように、おかあさんだけでなく、おとうさん自身の食生活や運動習慣の結果が、しっかりと書きこまれているのです。

おとうさんも自覚が必要ですね。

そのとおりです。妊娠を望んでいる女性は、栄養のバランスやアルコール摂取などに気をつけながら、生活するよう促される機会が多くあると思います。その重要性は赤ちゃんを望む男性にとっても同じことです。暴飲暴食や運動不足による過度な肥満は、ご自身だけではなく、これから生まれてくる赤ちゃんの遺伝子の働き方を大きく変えてしまう可能性があります。女性だけではなく男性も、ご自身の健康に気を配ることが、後に授かる赤ちゃんの健康にもつながることを、ぜひ多くの方に知ってほしいと思います。

《参考文献》

  1. Obesity and Bariatric Surgery Drive Epigenetic Variation of Spermatozoa in Humans.
    Donkin I et al., Cell Metab. 2016 Feb 9;23(2):369-78. doi: 10.1016/j.cmet.2015.11.004. Epub 2015 Dec 6.
  2. 『胎内で成人病は始まっている』 デイヴィッド・バーカー著 藤井留美訳 福岡秀興 監修 ソニーマガジン
  3. DOHaD 研究会ホームページ
  4. 『エピゲノムと生命』 太田邦史 講談社ブルーバックス
  5. Preconceptional fasting of fathers alters serum glucose in offspring of mice.Anderson LM et al.,Nutrition. 2006 Mar;22(3):327-31.
  6. The effects of paternal high-fat diet exposure on offspring metabolism with epigenetic changes in the mouse adiponectin and leptin gene promoters.Masuyama H et al., Am J Physiol Endocrinol Metab. 2016 Jul 1;311(1)
  7. 肥満の科学 脂肪細胞の機能と制御-アディポサイトカインと転写因子-第124回日本医学会シンポジウム 下村伊一郎
  8. 肥満の科学 肥満の分子機構-レプチンを中心に- 第124回日本医学会シンポジウム 中尾一和
  9. Environmental epigenetic inheritance through gametes and implications for human reproduction.Wei Y et al., Hum Reprod Update. 2015 Mar-Apr;21(2):194-208. doi: 10.1093/humupd/dmu061.
  10. Parenting from before conception.Lane M et al., Science. 2014 Aug 15;345(6198):756-60. doi: 10.1126/science.1254400. Epub 2014 Aug 14.
  11. Paternal smoking, genetic polymorphisms in CYP1A1 and childhood leukemia risk.
    Lee KM et al. Leuk Res. 2009 Feb;33(2):250-8. doi: 10.1016/j.leukres.2008.06.031. Epub 2008 Aug 8.

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