脂質は体によくないもの、というイメージはないでしょうか?ところが、ヒトのからだには脂質は必須なものです。今回は脂質の種類と役割について説明します。そして、妊娠・授乳中の脂質の摂り方についても考えてみます。
脂質とは、生物由来の水に溶けない物質で、栄養学的に高エネルギーをもつものといえます。脂質はエネルギー産生の重要な基質であるほか、細胞膜を構成したり、脂溶性ビタミンの吸収を助けたり、ホルモンの原料として使われたりなど、さまざまな機能をもっています。同じエネルギー源である糖質やタンパク質に比べると、脂質の方がより高いエネルギーを持っているため、体内では脂質が優先的に蓄えられます。 脂質はさまざまな構造をしているので、分類・名称ともに複雑になっています。食品由来の脂質でもっとも多いのは中性脂肪です。中性脂肪を構成する分子として、脂肪酸というものがあります。また、脂質の中でもリンや糖がついた複合脂質があり、それぞれリン脂質、糖脂質と呼ばれます。ここまでの脂質は直鎖構造を持っていますが、ステロイド骨格をもつ脂質はステロールと呼びます。以下にそれぞれの脂質の特徴を説明します。
・中性脂肪グリセロールと脂肪酸が結合したものです。脂肪酸が結合する数に応じて、次のように呼ばれます。
- モノアシルグリセロール(脂肪酸1つ+グリセロール)
- ジアシルグリセロール(脂肪酸2つ+グリセロール)
- トリアシルグリセロール(脂肪酸3つ+グリセロール)
食品や体内に存在する中性脂肪は大部分がトリアシルグリセロールなので、中性脂肪=トリアシルグリセロールとされることが多いようです。
トリアシルグリセロールが体内で消化されると、モノアシルグリセロールやジアシルグリセロールになります。
中性脂肪はエネルギー源として体内を循環したり、脂肪細胞に蓄えられています。
脂肪酸は、1本の炭素骨格からなり、片端にカルボキシル基、もう一方の端にメチル基を持っています。脂肪酸は、中性脂肪、コレステロールなどほとんどすべての脂質に含まれています。また、単独でも遊離脂肪酸として存在しています。脂肪酸は、炭素の数(炭素骨格の長さ)、炭素間の二重結合の有無、二重結合の位置によって分類されます。炭素骨格の長さが違うと、貯蔵しているエネルギーや消化・吸収のされ方が違います。天然に存在する脂肪酸のほとんどが炭素が12個以上の長鎖脂肪酸であり、炭素数が大きい方がより高いエネルギーを持っています。一方、炭素間の二重結合の有無や位置については次のように分類されます。
- 二重結合なし(飽和脂肪酸):肉類、乳製品に含まれる。常温で固体。
- 二重結合あり(不飽和脂肪酸):植物、魚類に含まれる。常温で液体。
- 二重結合1つ(一価不飽和脂肪酸)
- 二重結結合2つ以上(多価不飽和脂肪酸)
- n-6位に二重結合(n-6系脂肪酸、またはω6系脂肪酸)
- n-3位に二重結合(n-3系脂肪酸、またはω3系脂肪酸)
脂肪酸は食品から摂取するだけでなく、体内でも合成することができます。しかしながら、n-6系脂肪酸とn-3系脂肪酸は体内で合成することができないので、食品から摂取しなければならず、必須脂肪酸と呼ばれます。
複合脂質は、脂質にリンや糖が結合したリン脂質や糖脂質などが含まれます。コレステロールとともに細胞膜を構成する成分としてはたらきます。リン脂質は両親媒性であり、脂質二重層を形成し細胞膜を構成する主要な成分であるほか、生体内シグナル分子としてもはたらくことがわかっています。一方、糖脂質は細胞膜の表面に存在し、特定の分子を認識するサイトとしてはたらきます。これにより、細胞膜が安定化し、他の細胞と結合して組織を形成することに関わっていると考えられています。
・ステロールステロールは4つの環状構造であるステロイド骨格を持つ物質の一つです。動物由来のステロールをコレステロール、植物由来のステロールをフィトステロールと呼びます。コレステロールはエネルギー源にはならない脂質です。コレステロールは、細胞膜を構成したり、ステロイドホルモン、胆汁酸、ビタミンDの合成に使われます。 俗に悪玉コレステロール、善玉コレステロールと呼ばれるものがありますが、これはコレステロール自体の名称ではありません。コレステロールや中性脂肪は水に溶けないため、体内を循環する際にはリポタンパク質という複合体を形成します。リポタンパク質は親水基をもつリン脂質やタンパク質で覆われた殻の中にコレステロールや中性脂肪を入れているような形になっています。リポタンパク質は構成成分と役割によっていくつか種類があります。その中でも低比重リポタンパク質(LDL:Low density lipoprotein)はコレステロールを全身へ輸送する役割を持っていますが、過剰になり、酸化などの刺激で変性すると血管に沈着することからLDLに含まれるコレステロールが悪玉コレステロールと呼ばれます。一方、高比重リポタンパク質(HDL:High density lipoprotein)は過剰なコレステロールを全身から肝臓へと回収する役割を持っていることから、HDLに含まれるコレステロールは善玉コレステロールと呼ばれます。 コレステロールは体内でも合成さており、食事由来のコレステロールよりも体内合成されたコレステロールの方が多いとされています。
食事によって摂取された脂質は、消化器官中のリパーゼと呼ばれる酵素によって分解されます。リパーゼは胃やすい臓から分泌され、複数の種類が知られています。分解された脂質は胆汁酸と混合されてミセルという構造を形成し、可溶化されます。脂質は水に溶けない性質を持っていますが、胆汁酸には水に溶ける部分と油に溶ける部分の両方が存在しているため、脂質と水が溶けた状態にすることができます。ミセル内の脂質は、小腸で吸収され、その吸収率はおよそ95%といわれています。吸収された脂質はアポタンパク質と組み合わさり、キロミクロン(またはカイロミクロン)と呼ばれる球状の構造を形成します。キロミクロンは小腸からリンパ管を経由して血液中に移行し、全身に脂質を運搬します。 吸収された脂質は一部は細胞膜に取り込まれ、細胞膜の構成成分として使われます。また、一部は脂肪細胞に取り込まれ、エネルギー源として貯蔵されます。 一方、食後には肝臓においてもグルコースから脂質(トリアシルグリセロール)が合成されます。肝臓で合成された脂質はリポタンパク質という構造を形成し、血液に移行して全身を循環します。 脂肪細胞においては、脂質はトリアシルグリセロールに再合成され貯蔵されています。空腹時にはトリアシルグリセロールは脂肪酸とグリセロールに分解されます。そして、グリセロールは糖新生の材料として、脂肪酸はエネルギー源として使われます。なお、脂肪酸はアルブミンに結合して血液中を移動します。細胞内に取り込まれた脂肪酸はエネルギー合成に使われます。脂肪酸はβ酸化と呼ばれる代謝を受けてアセチルCoAに分解されTCA回路や電子伝達系を経由してエネルギー源であるATPを合成します。β酸化は脂肪酸のカルボキシル基化側から2個ずつ炭素を切り離していく反応です。グルコース1分子からはアセチルCoAが2分子しか産生できませんが、脂肪酸は炭素数に応じて2個以上のアセチルCoAを産生します。したがって、脂質は糖質よりも高いエネルギーを持っているといえるのです。
妊娠をすると、母体内では脂質代謝の変化が起こります。この変化は2つの段階があります。まず1つ目は妊娠初期および妊娠中期に起こる脂質の蓄積です。この脂質の蓄積は妊娠30週頃まで続きます。そして2つ目は、妊娠後期の脂質分解の促進です。脂質分解が促進される結果、血液中の脂質濃度が上昇し妊娠末期には非妊娠時のやく3倍になると言われています。このような母体の脂質代謝の変化は胎児の成長とよく相関します。つまり、まだ胎児のからだが小さいうちに母体にエネルギー源である脂質を蓄えておき、胎児の成長が著しくなる妊娠後期に備えていると考えられています5。
ところで、胎児が成長するために優先的に使われるエネルギーは糖質です。糖質の方が胎盤を通過しやすく、代謝もしやすいためと考えられています。そこで、妊娠後期になると母体のエネルギー源が糖質メインから脂質メインにシフトします。そうすることで、母体中の糖質を胎児に優先して送ることができるようになっているのです。したがって、妊娠初期から中期の間に脂質の蓄えがないと、妊娠後期に胎児に十分なエネルギーを送ることができないと考えられています。
では、胎児の脂質代謝はどのようになっているのでしょうか。胎盤は中性脂肪(トリグリセライド)の形では通過することができません。そこで、胎盤には脂質代謝酵素であるリポタンパクリパーゼ(LPL)が存在し、中性脂肪を分解して遊離脂肪酸の形で胎児に送り込みます。胎児の体内に取り込まれた遊離脂肪酸は肝臓で代謝され胎児の全身へと運ばれます。胎児の体内における脂質はアラキドン酸(AA)やドコサヘキサエン段(DHA)が多く含まれており、リノール酸は少なめであることがわかっています6。
AAやDHAといった脂質は長鎖多価不飽和脂肪酸(LCPUFA:Long Chain Poly-Unsaturated Fatty Acids)と呼ばれ、胎児の発育には欠かせない脂質です7。前項で解説したように多価不飽和脂肪酸にはn-6系、n-3系などの必須脂肪酸が含まれます。AAはn-6系、DHAはn-3系の代表的な脂肪酸で、脳や網膜における細胞の基本成分です。これらの脂肪酸は膜の流動性や膜酵素の活性など多くの細胞機能の調節に関わっています。このため、神経細胞の機能にも不可欠な役割を果たすと考えられています。また、n-3系にはエイコサペンタエン酸(EPA)と呼ばれる脂肪酸もあり、血小板凝集の抑制作用があります。DHAとEPAはリノレン酸から、AAはリノール酸からそれぞれ合成することもできますが、胎児では酵素活性が十分ではなくわずかしか合成できないため、食事からの摂取が必要です。特にDHAは妊娠後期から胎児への輸送が増加し、脳内に取り込まれていきます8。胎盤がDHAを選択的に優先して取り込む9ことからも、胎児にとってDHAが非常に大切であることがわかります。この時期に必要十分量のDHAが胎児に供給できるよう、積極的なLCPUFAの摂取が推奨されます。
妊娠中に蓄積された脂質は、出産後にも分解され続け母体と胎児に供給されます。母体においては脂質は自身のエネルギー源として使われるほか、母乳中に分泌し赤ちゃんにエネルギーを供給するために使われます。一方、赤ちゃんにおいては出産前後でエネルギー摂取の方法に劇的な変化が起こります。出産前までは胎盤を通して血液から供給されていた栄養ですが、出産後には口から摂取し、胃や腸において消化・吸収する経口栄養に変わります。胎盤と血液を経由していた時には糖質中心の代謝環境であったのに対し、口から母乳を飲み、胃や腸からの栄養吸収を開始するには脂質の役割が重要であることがわかっています。以前月とみのりの「産育食ラボvol.6 母乳が生活習慣病を防ぐ!?」10で紹介したように、母乳は赤ちゃんの脂質代謝のスイッチを入れることがわかっています。
母乳を飲んでいる赤ちゃんの方が人工乳を飲んでいる赤ちゃんよりも血液中のトリアシルグリセロールやLDL(低比重リポプロテイン)濃度が高いことが示されています11。乳児期においてコレステロールに曝されることは、成人後に内因性コレステロール産生を抑制している可能性が示唆されています12。また、母乳を飲んだ赤ちゃんと人工乳を飲んだ赤ちゃんでは、児童期の肥満度にも差が現れることが示唆されており、母乳を飲んだ赤ちゃんの方が肥満になりにくいとされています10。このように、母乳中の脂質は赤ちゃん自身の成長だけでなく、その後の脂質代謝にも大きな影響を与える可能性があります。
母乳には脂質が多く含まれており、全体のエネルギーの半分以上を占めています。牛乳由来の人工乳は母乳と同じような脂肪酸組成をしておりますが、脂質の吸収については母乳の方が高いことが知られています13。その理由として、母乳と牛乳のトリアシルグリセロールの構造の違いが挙げられています14。また、赤ちゃんは消化吸収力が大人に比べると低いのですが、母乳中には乳リパーゼという酵素が存在し、脂肪の分解・吸収を助けているといわれています15。母乳が出にくい場合には人工乳の補給も必要ですが、少しでも多くの母乳を赤ちゃんに飲ませてあげるようにしてください。
母乳中の脂質濃度はほぼ一定に保たれており、食事の影響を受けにくいとされています16。しかしながら、脂質の種類は食事の影響を強く受けます。妊娠後期から胎児の脳に急速に蓄積されるLCPUFAは乳児期にも引き続き蓄積されていきます。乳児期のLCPUFAは母乳から摂取されますので、おかあさんの食事が重要になってきます。また、LCPUFAは胎児や乳児に優先的に与えられるようになっているため、母体には不足状態になることがあります。妊娠・授乳期を通してLCPUFAを積極的に摂取しましょう。
尚、乳腺炎の予防として脂質の摂取を抑えた方がよいという話を聞かれるかもしれません。しかしながら、食事中の脂質量と乳腺炎の関係については科学的な根拠は挙げられていません17, 18。乳腺炎は母乳産生の量、赤ちゃんの吸啜の仕方などいろいろな原因があります。授乳期間中に極端に脂質の摂取を減らすのは赤ちゃんの栄養を考えるとあまりおすすめできません。少なくとも、必須脂肪酸については減らすことのないよう摂取してください。
脂質は、糖質(炭水化物)、タンパク質と併せてエネルギー源となる主な栄養素です。日本人の食事摂取基準2においては、脂質の具体的な摂取量は設定されておらず、一日のエネルギー源のうち20-30%を脂質から摂るようにというエネルギー比率で設定されています。では、実際に摂取されている脂質量はというと、H25年度の国民健康・栄養調査の結果19では20~40代の女性における脂質のエネルギー比率は28%前後となっており、十分な脂質が摂取できているといえます(下表を参照)。また、肉類に由来する飽和脂肪酸の摂取量は7%以下を目標量に設定されていますが、8%前後とやや過剰気味であることがわかります。一方、脂質の中でも必須脂肪酸であるn-6系、n-3系脂肪酸については個別に目安量が設定されており、総エネルギー量の影響を受けない絶対量として設定されています。20~40代の女性におけるn-6系、n-3系脂肪酸の摂取量はそれぞれ下表のとおりであり、非妊娠時の目安量は摂取できているといえそうです。
表 女性における1日の脂質の摂取基準と摂取量(mg/日)
目標量
目安量 |
国民健康・栄養調査結果 | 妊婦・授乳婦 | |||
---|---|---|---|---|---|
20-29歳 | 30-39歳 | 40-49歳 | |||
脂質
(%エネルギー) |
20-30 | 28.9 | 27.8 | 28.0 | - |
飽和脂肪酸
(%エネルギー) |
7以下 | 8.0 | 7.8 | 7.8 | - |
n-6系脂肪酸
(g/日) |
8 | 8.77 | 9.00 | 8.40 | 妊婦 9 授乳婦 10 |
n-3系脂肪酸 (g/日) |
1.6 | 1.78 | 1.84 | 1.82 | 妊婦 1.6 授乳婦 1.8 |
妊娠・授乳期には、糖質、タンパク質、脂質を含めた総エネルギー摂取量として付加量が設定されています。また、n-6系、n-3系脂肪酸については個別に付加量が設定されています。非妊娠時の脂質摂取量が十分であることを考慮すると、妊娠・授乳期における脂質の摂り方としては、必須脂肪酸を中心に摂取量を増やすことが理想的です。
脂質を多く含む食品は、脂身の多い肉類をはじめ、乳製品、ナッツ類、調理油などが挙げられます。また、食品自体は脂質が少なくても、揚げ物にしたり、バターで炒めたり、ドレッシングをたっぷりかける、など食べ方次第で脂質の量が増える場合もあります。一方、必須脂肪酸を多く含む食品は、青魚を中心とした魚類、豆類などです。また、しそ油、えごま油、亜麻仁油に含まれるα-リノレン酸という脂肪酸は体内でDHAやEPAに変換されます。ただし、これらの油は酸化しやすいので保存には注意が必要です。また、DHAやEPAへの変換率は低いので妊娠・授乳期にはできるだけ魚からの摂取がお勧めです。
尚、トランス脂肪酸と呼ばれる脂質については健康への影響を考慮して、使用制限を検討している国もあります。トランス脂肪酸というのは、トランス型の構造をしている脂肪酸のことで、天然にはあまり存在しない脂肪酸です。天然に存在する多くの脂肪酸はシス型という構造をしており、トランス型とは構造異性体という関係になります。トランス脂肪酸は牛ややぎなどの肉や乳に数%含まれていますが、こうした天然由来のトランス脂肪酸摂取については健康被害はないとされています20。一方、工業的に加工された脂質の中にはトランス脂肪酸が非常に高濃度に含まれることがあります。こうした高濃度のトランス脂肪酸を含む脂質を摂り続けると、冠動脈疾患のリスクが高まることがわかっています21。 日本では摂取量が少ないことからトランス脂肪酸についての規制は設けられていません。しかしながら、日常的に過剰量を摂取し続けると胎児への影響が懸念されます。これまでの報告によると、トランス脂肪酸の摂取が増加すると赤ちゃんの出生体重の低下22、在胎週数の短縮、多価不飽和脂肪酸の阻害23などと関連することが示唆されています。トランス脂肪酸を多く含む食品は、マーガリンやショートニングなど植物油を工業的に加工したものが挙げられます。また、マーガリンやショートニングを多く含む菓子類、パン類などにも多く含まれますので、食べ過ぎには注意が必要です。