株式会社みらいたべる 産育食ラボ

妊娠期の葉酸の必要性

葉酸とは 1, 2

葉酸は、ビタミンB9とも呼ばれる水溶性のビタミン類の一つです。ほうれん草に多く含まれる、抗貧血作用をもつ物質として発見されました。野菜だけでなく、動物性食品の中にも多く含まれています。
葉酸は、構造の違いによって名称が変わります。共通する構造的特徴として、プテリジン二環系、p-アミノ安息香酸、一つ以上のグルタミン酸を含んでいます。天然に存在する葉酸のほとんどは、プテロイルポリグルタミン酸と呼ばれ、複数のグルタミン酸が付加しています(ポリグルタミン酸型)。一方、サプリメントなどに含まれるような合成された葉酸は、プテロイルモノグルタミン酸と呼ばれ、グルタミン酸が一つ付加しています(モノグルタミン酸型)。これらの葉酸はいずれも体内で代謝を受け、ジヒドロ葉酸を経てテトラヒドロ葉酸に変換されます。 このテトラヒドロ葉酸が生体内でのさまざまな反応に関与します。
葉酸の物理的な特徴として、水に溶けやすく、光に対して不安定な性質が挙げられます。

葉酸の代謝

食事によって摂り込まれたポリグルタミン酸型の葉酸は、小腸においてモノグルタミン酸型の葉酸に変換されてから吸収されます。さらに小腸内でテトラヒドロ葉酸まで変換されると、血液を介して体内を循環します。体内の葉酸のうち、約50%が肝臓に貯蔵されます。貯蔵され た葉酸は、胆汁を介して消化管から再吸収され、全身に供給されます3, 4。

サプリメントなどに含まれている葉酸はモノグルタミン酸型ですので、天然由来のポリグルタミン酸型の葉酸に比べると体内で吸収されやすいことが知られています。およそですが、サプリメントなどのモノグルタミン酸型葉酸の吸収率が85%に対して、天然由来のポリグルタミン 酸型葉酸では吸収率が50%程度になります5, 6

一方、葉酸サプリメントを経口で摂取した場合、摂取後4時間で血中の葉酸濃度がピークを示し7、翌日までには50%が尿などから排出されます8, 9, 10。したがって、摂りだめをするのではなく、日常的に摂取しなくてはなりません。

葉酸の妊婦の付加量を足した推定平均必要量は400μg/日、同じく付加量を足した推奨量は480μg/日とされています11

葉酸の機能1, 2

葉酸の生体内での主な機能は、核酸合成とアミノ酸合成の反応に補酵素として働くことです。食物中の葉酸は体内で代謝を受け、テトラヒドロ葉酸として働きます。テトラヒドロ葉酸は、ホルミル基(-CHO)、ホルムイミノ基 (-CH2NH-)、メチレン基 (>CH2)、メチル基 (-CH3) など1つの炭素原子を含む断片を相手の分子から受け取り、核酸合成やアミノ酸合成の中間体へ渡す役割を担っています。

核酸合成においては、葉酸はデオキシウリジル酸からデオキシチミジル酸を合成します。合成されたデオキシチミジル酸はその後、さらに変換されてDNAやRNAになります。つまり、葉酸が不足すると核酸の合成が進まず、その結果、細胞分裂ができなくなります。

また、葉酸が関与するアミノ酸合成として、グリシンからセリンを合成する反応、ホモシステインからメチオニンを合成する反応、ヒスチジンの代謝物からグルタミン酸を合成する反応への関与が知られています。

さらに近年の研究から、葉酸はエピジェネティックな作用を持つことがわかってきました。つまり、妊娠中の葉酸不足が胎児の遺伝子発現に影響する可能性が考えられます。

葉酸が妊婦に必要といわれるようになった背景

葉酸と中枢神経系の異常に何か関係がある、ということは1960年代から知られていました12。 その後、1970~80年代に葉酸などの栄養素の欠乏が神経管閉鎖障害(NTDs:neural tube defects)と関係していることが次々と明らかになってきました13, 14, 15。NTDsとは、妊娠6週未満の神経 胚形成において、神経管の閉鎖障害を起こすことに起因する中枢神経系の先天異常です。代表的な疾患として、無脳症や二分脊椎症があります。

そこで、イギリスの研究グループがNTDs児の妊娠既往のある女性を対象に、1日4㎎の葉酸錠剤を妊娠前から妊娠12週まで投与したところ、NTDs児妊娠の再発リスクが72%減少する、という効果が認められました16。また、別のグループでは、NTDs児妊娠既往のない女性の初発防止にも、妊娠前後の葉酸サプリメントが有効であることを示す研究を報告しました17

以上の結果を踏まえ、米国の疾病管理センターでは1991年にNTDs児妊娠既往のある女性に対して葉酸の摂取を勧告しました。続いて、翌年にはNTDs児の妊娠既往のない女性に対しても妊娠前から葉酸をサプリメント類で摂取するように勧告を発表しました。その後、イギリス、フランス、ノルウェー、カナダ、オーストリア、南アフリカなど、多くの国の政府機関も同様の勧告を発表しました。

日本では諸外国に比べてNTDsの発生率が低かったこともあり、NTDs発症への対策は遅れました。和食中心の食生活では葉酸の摂取不足も起こりにくい、といった考えもありました。しかしながら、近年日本におけるNTDsの発生率が増加し続けていること18、食生活の変化や個人差により葉酸の摂取レベルが不安定であることから葉酸摂取の重要性が注目されてきました。さらに中国での臨床試験結果から、葉酸はNTDsの発生が高い地域だけでなく、低い地域おいても効果を示すことが報告されました19。この結果を受け、日本においても妊婦の葉酸摂取が推奨されるようになりました20

NTDsが発症するといわれているのは受精後21~28日というごく初期です。理論的にはこの時期に十分な葉酸が必要となります。したがって、妊娠する1カ月前から葉酸の摂取が勧められます。

葉酸がNTDsに関与するメカニズム

NTDsの原因は染色体異常、遺伝子の突然変異、環境など複数の因子によるものであり、葉酸不足のみが原因ではないと考えられています。また、葉酸不足がどのようにしてNTDsの発症に関与するのか、というメカニズムは明らかになっておりません。しかしながら、最近の研究からいくつかの仮説が考えられるようになってきておりますので、紹介します。

母体の遺伝要素

葉酸代謝酵素の遺伝子変異によって、活性をもった葉酸の産生が減少することや、葉酸トランスポーターの遺伝子変異によって、葉酸の細胞内への取り込みが減少することが知られています21。いずれもNTDs発症の危険因子と考えられます。

高ホモシステインによる影響

母体の葉酸が不足した結果、血中のホモシステイン濃度が上昇します。ホモシステインは、神経細胞のレセプターに対してアンタゴニスト作用を示すことが知られています。その結果、神経管の細胞の異常を誘導する可能性が考えられています22

胎児の葉酸代謝異常

NTDsに罹患した胎児に由来する繊維芽細胞では葉酸代謝が低下していることが報告されています23。母体から葉酸が供給されても、胎児側に葉酸代謝異常があるためにNTDsを発症する可能性が示唆されます。

葉酸はいつまで必要か

NTDs予防の意味では、妊娠前から受精後1か月くらいまでが葉酸が特に必要な時期と考えられます。しかしながら、葉酸は核酸合成やアミノ酸代謝といった生命維持に重要な栄養素であり、 妊娠中、胎盤や胎児における葉酸濃度は母体の2-4倍といわれています24。これはつまり、胎児における葉酸の要求量が非常に高いことを示しています。

妊娠中に葉酸の摂取量が不足すると、胎児の発育に影響する可能性が考えられます。葉酸不足によってホモシステインが上昇すると、血管障害が引き起こされることが知られています。 妊娠期においては、胎盤の血管にも影響する可能性が示されています。その結果、胎盤剥離・梗塞、胎児の発育障害、早期流産などを引き起こすことが示唆されています25, 26, 27

NTDsの場合と逆に,出生体重に関しては葉酸は妊娠初期ではなく後期の方が重要であるといった研究が複数あります。つまり、妊娠後期での葉酸摂取量が多いと早産や低出生体重のリスクが低下する可能性があります28

さらに、妊娠後期には母体は生理的に希釈性貧血となります。葉酸が不足すると核酸の合成障害がおこり、赤血球の増殖を抑えてしまいます。その結果、巨赤芽球性貧血を引き起こすことがよく知られています29,30,31

以上のように、妊娠期間における葉酸の重要性を考えると、葉酸の摂取はNTDsの予防としての妊娠初期のみにとどまらず、妊娠期間を通して意識的に摂取し続けることが重要だと思われます。

葉酸の過剰摂取によるリスク

妊娠期間における葉酸の重要性を考えると、たくさん摂るほど、リスクが減るのではないかと考えてしまいます。しかし、葉酸については、用量とリスク低下が相関するわけではないようで、むしろ、過剰摂取に注意が必要です。

胎児の呼吸器疾患リスク

妊娠中に母体が葉酸サプリメントを摂取した場合に、出生後の児の呼吸器疾患リスクがわずかではあるが増加するという研究がいくつかあります32, 33。一方で、葉酸と胎児の呼吸器疾患リスクは関係ないという研究もあり34、議論が続いています。なお、サプリメントではなく、通常の食事からの葉酸摂取量は児の気管支喘息に影響を与えないという研究もあります35

乳がんの発症リスク

妊娠中に葉酸サプリメントを内服した女性の長期予後を追跡したところ、乳がんによる死亡リスクが高い可能性があると報告した研究があります36。しかしながら、研究例が少ないため、今後より大規模な研究によって証明する必要があります。 非妊娠女性についても、葉酸摂取による乳がんリスクが研究されていますが、リスクが増加するという意見と増加しないという意見があり、議論が続いています37, 38, 39。ただし、これらの発癌リスクはいずれも1日1mg以上の高用量摂取者を対象としています。通常のサプリメントで摂取できる1日1mg未満の葉酸で発癌リスクが上昇した、という報告は今のところみつかっておりません。

なお、ここで説明したリスクとは、集団を対象にした時の統計学的な見方でのリスクであることを留意してください。
また、医学上の理由から高用量の葉酸を摂取しながら妊娠を待機する場合もありますので、医師と相談の上、指示に従ってください。

まとめ

文献

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