株式会社みらいたべる 産育食ラボ

妊娠するとフライドポテトが食べたくなる?

妊娠中は味覚や嗅覚が変わり、ある特定の食物が病みつきになるほど好きになったり、逆に好きだったものが食べられなくなったりすることが知られています1
例えば、すっぱいものが食べたくなった、という話や、ご飯のにおいが嫌、とか、肉や魚のにおいがダメ、という話はよく聞く話ではないでしょうか。
最近では、フライドポテトが食べたくなる妊婦さんが多いようです。妊娠初期のつわりのある時期にも関わらず、脂っこいフライドポテトなら食べられるという方もおられるようです。
妊娠中にフライドポテトが食べたくなる理由については、いろいろな憶測が飛び交っているようですが、実際に科学的な理由はあるのでしょうか?
今回はこういった妊娠中の味覚や嗅覚の変化について紹介していきます。 まず、味や匂いを感じる基本的なメカニズムから始めます。

味を感じるメカニズム

味を最初に感知するのは、舌の表面に存在する味蕾という味覚受容器です。味蕾には10個程度の味細胞が存在し、味の化学成分に反応します。
現在、基本的な味の成分は、甘味、酸味、塩味、苦味、旨味の5種類とされています。辛味は味としてではなく、刺激として認識されます。
味蕾の先端には、小さな穴(味孔)があり、そこに水や唾液に溶けた食物中の成分が入り込むと、味の化学物質が味細胞のレセプターに結合し、味を検出します。最近の研究から、5つの基本味に対応するそれぞれのレセプターとその応答のしくみが明らかになってきています2, 3

塩味と酸味は味細胞に存在するイオンチャンネルが関与します。塩味はナトリウムイオン(Na+)、酸味は水素イオン(H+)の刺激作用によって味細胞内に陽イオンが増加することが味細胞を活性化させる基本となっています。
これに対して、甘味、苦味、旨味の基本はレセプターと分子の結合によって味細胞を活性化させます。甘味のレセプターは3種からなるT1RファミリーのうちのT1R2とT1R3の二量体からなると考えられています。旨味のレセプターはT1R1とT1R3の二量体からなると考えられています。
苦味のレセプターは苦味レセプターグループ(T2Rファミリー)と呼ばれ、人では少なくとも24種類が知られており、多様な苦味物質がT2Rに選択的に結合することが知られています。 個々の味細胞は5つの基本味に対応する受容体のいずれか1つを発現するとされており、それぞれに感知した味のシグナルを隣接する味覚神経に伝え、脳内にて味が判断されます。 口の中の各所にある味覚神経に伝えられた味の情報は、延髄にある孤束核に集められます。孤束核からの経路は大きく2つに分れます。1つは、味覚にもとづく顔面表情変化や唾液、消化液、インスリン分泌といった体性運動系や、消化器系、内分泌系の反射性生活動に関与する経路で す。もう1つは味覚情報を上位中枢神経へ送る経路で、孤束核から視床の味覚野へと送られます。 さらに視床から前頭弁蓋部と島皮質に存在する大脳皮質味覚野(第一次味覚野)へと情報が送られ、最後に前頭眼窩皮質(第二次味覚野)に到達します。 第一次味覚野に入ってきた情報に基づいて、ようやく「甘い」とか「すっぱい」といった味の識別が行われます。
そして、第二次味覚野において、におい、食感、温度などの情報が合わさって、食物の持つ複雑な感覚要素を総合的に判断することができます。
しかし、「おいしい」とか「まずい」と判断されるのはさらに複雑な経路を進まなくてはなりません。その前に、匂いのメカニズムを紹介します。

匂いを感じるメカニズム

匂いを最初に感知するのは、鼻の奥、嗅上皮にある嗅細胞です。
嗅細胞には嗅覚レセプターがあり、匂いの化学情報を認識し、電気信号に変換して嗅神経へと伝えます。嗅覚レセプターの遺伝子はヒトでは約910種類あるといわれていますが、実際に機能しているのは半数程度で約350種類と考えられています4。一方、匂い物質は私たちの生活空間に数十万 種類も存在するといわれています。このように圧倒的多数の匂い物質をわずか数百種類のレセプターを使ってどのように認識しているのでしょうか。通常、レセプターとリガンドの関係はカギと鍵穴にたとえられるように、1対1の対応をしてい ます。しかし嗅覚レセプターの場合、一つのレセプターはある共通の構造を持つ複数の匂い物質を認識できるということがわかっています。また、一つの匂い物質が複数の嗅覚レセプターに異なる感度で認識されることも明らかになっています5
つまり、たとえ数百種類のレセプターでも認識されるレセプターの組み合わせと個々のレセプターにおける活性化の強弱によって無限の数の匂い物質を識別することが可能になっているのです。
ところで、実際に機能している嗅覚レセプター遺伝子は本来の半数程度と述べましたが、この機能する遺伝子の組み合わせは個人個人で異なることがわかっています6。つまり、人によって匂いの感じ方が異なる可能性があります。
ただし、一つに匂い物質について、その匂い物質を妊娠記する嗅覚レセプターは複数あるので、大抵の場合は同じような匂いとして感じているようです。 嗅覚レセプターで受け取られた匂いのシグナルは、嗅神経細胞の軸索を伝わって、第一次嗅覚中枢である嗅球に到達します。
ひとつひとつの嗅神経細胞には、数百種類の嗅覚受容体の中かたった一つだけが選択されて発現しており7、同じ受容体を発現する嗅神経細胞の軸索はすべて収束して、嗅球にある特定の糸球体という部分につながります8。つまり、嗅上皮で活性化された嗅覚受容体の組み合わせパターンがそのまま嗅球に伝わるので、一つ一つの匂いに対して固有の活性化パターンが出来上がります。このような、嗅球での糸球体の三次元匂い応答イメージのパターンは「におい地図」と呼ばれ、匂いの種類を決める要素となっています9, 10 嗅球に伝えられた匂いのシグナルは、梨状皮質、扁桃体、視床下部、大脳皮質嗅覚野(眼窩皮質)へと瞬時に伝わり、においの種類が識別されると考えられています。 さて、こうして脳内に伝えられた嗅覚は、味覚と相まってどのようにおいしさにつながるのでしょうか。

味や匂いの好き嫌い、おいしさとは?

ある食べ物をおいしいかどうか判断するのは、味覚によるものだと思われがちです。しかし、あまり意識はされていませんが、食べ物を口に入れたとき、口から鼻へ抜ける匂いが重要な役割を果たしています。
実際に、鼻づまりになると食べ物の味の違いが分かりにくくなるという経験をされることがあると思います。ところが、おいしさというのはもっと複雑で味覚と嗅覚だけでも説明できません。
見た目も大事ですし、口に入れた時の食感、温度、咀嚼の音など、五感をフルに活用した感覚が大事です。
さらに言うと、その日の体調、空腹感、経験や文化、情報などの要因もおいしさに反映されるのです2
これら複雑な要因を統合し、その食べ物がおいしいかどうか、好きか嫌いかを判断するのは脳の扁桃体と呼ばれるところです。扁桃体は情動反応の処理と記憶において主要な役割を持つことがわかっています。
また、扁桃体は、ある食べ物が生体にとってどのような価値があるのかという判断を下すと、食欲の中枢である視床下部(満腹中枢である腹内側核および摂食中枢である外側野)に情報を送る、という役割も果たします。
つまり、おいしい、好ましいと判断された場合には食事が進み、おいしくない、苦手な味、と判断された場合には食事が進まなくなる、などの食行動に影響すると考えられています。
このように、食べ物に対する味覚や嗅覚は、ほかの感覚と合わせることにより、脳内において複雑な経路をたどって認識されています。では、妊娠中にはどうして味や匂いの好みが変わってしまうのでしょうか。

妊娠期に起こる味覚・嗅覚の変化

妊娠期に起こる味覚や嗅覚の変化については、様々な研究が行われています。しかし、味覚や嗅覚の検査方法が統一されていないことや、検査時期によって結果が変わることなどから、意見が対立することがしばしばあります。 その中でも、よく支持されている結果は苦味と塩味に対するものです。妊娠中は、非妊娠時に比べて塩味を好むようになり、苦味に敏感になるといわれています11。 塩味は体重増加に伴って変化することが知られています。つまり、増加した循環血漿に応じて塩分が必要とされため、摂取量を増やそうとしているのではないかと考えられています。 また、有害物質の多くは苦味を持っていますので、妊娠中に苦味に敏感になるのは母体と胎児を守るメカニズムとして合目的であると考えられています。 このような変化を誘導するメカニズムは、まだ十分に解ってはいませんが、味覚障害の研究などから、ホルモンや亜鉛の関与が強く示唆されています。 例えば、女性の味覚は月経周期に合わせて感度が変動することが知られています12, 13。いずれの研究でも、黄体期には卵胞期に比べると味覚の感度が低下するという共通の結果が得られて います。これらの結果は、黄体期に血中濃度が上昇するプロゲステロンというホルモンが知覚鈍麻作用を持つことが原因ではないかと考えられています。 また、一部の研究では、エストロゲンやプロゲステロンが味覚レセプターや味蕾に影響を与えている可能性を示唆しています14
ラットによる実験では、妊娠中に味蕾の構造が変化していることが報告されています15
ヒトで同じことが起こるかどうかはまだ確かめられていませんが、妊娠による味覚の変化には味細胞のレベルからの変化が起きているのかもしれません。 一方、体内の亜鉛不足が味覚障害の一因であることはよく知られていますが、詳しいメカニズムについては未だ不明です。妊婦さんの血中亜鉛濃度と味覚の変化についての研究も複数あり ますが16, 17、意見が分かれています。亜鉛だけが原因で妊娠中の味覚の変化が起こるとは考えにくいようです。嗅覚については、妊娠中は非妊娠時に比べて感度が高くなることが知られています18。これは、 妊娠中には母体と胎児を守るために安全な食べ物かどうかを判断しなくてはいけないこと、有害な物質には近づかないようにすること、などを考えると合目的的であると考えられています。 体を守るため、ということであれば、たばこの匂いが苦手、という妊婦さんが多いのもうなずけます。では、ご飯の匂いはどうでしょうか。ご飯の匂いには多くの成分が含まれているので すが、その中に硫黄分子を含む成分があります。普段は気にならなくても、妊娠中で嗅覚が敏感になり、硫黄を含む成分を有害と判断すると、不快なにおいと感じるかもしれません。同じ ことが魚や肉についても言えそうです。 嗅覚が敏感になるメカニズムとしては、やはりホルモンの影響が強いと考えられています。嗅覚は性差があり、男性よりも女性の方が敏感であることが知られています19
また、女性の月経周期に応じて嗅覚の感度が変化することがわかっています20。さらに、閉経後の女性でエストロゲンを使用している人は使用していない人と比べて嗅覚障害が起こりにくいとの報告もあります21。 一方、妊娠中hCGの血中濃度が非常に高くなる時期と、匂いに敏感になる時期が重なることが示されています22。このことから、妊娠期の嗅覚の変化はhCGが原因ではないかと考えられています。 しかし、具体的にエストロゲンやhCGが嗅覚レセプターや嗅細胞などにどう作用するのかは不明です。 このように、妊娠中の味覚・嗅覚の変化は、ホルモンによる影響が強いことが推測されます。 ところで、妊娠中に苦手になる食物や匂いは、体に有害と判断されやすいものが多いようです。 一方、妊娠中に好きになる食物や匂いには個人差があるように思われます。例えば、妊娠するとすっぱいものが食べたくなる、という話をよく聞かれるかと思います。
しかし、酸味に対する嗜好性は、妊娠で変わるという結果と、変わらないという結果がそれぞれあり結論が得られていません17, 23
味覚や嗅覚がホルモンの影響で変わるとしても、脳でのおいしさの判断の変わり方は人それぞれということなのかもしれません。

再びフライドポテトについて

妊娠中にフライドポテトが食べたくなる理由は科学的には証明されていません。ですが、ここまで紹介してきた内容から、個人的な考察をしてみたいと思います。 まず、妊娠によって味覚が鈍化することに注目すると、フライドポテトの塩分は味が濃く、おいしく感じやすいのかもしれません。油を使っていることによる食べやすさ、飲み込みやすさ も味の好みの要素として重要でしょう。 女性は月経周期によって脂質の摂取量が変わるという研究結果があります24。卵胞期に比べて黄体期に脂質の摂取量が高くなるというのです。
詳細な原因は不明ですが、プロゲステロンの関与が示唆されています。妊娠中にもプロゲステロン濃度が高くなりますので、油で揚げたものが食べたくなりやすいのかもしれません。 また、心理的な要因も大きいと思います。3度の食事のように「食べなくちゃ」というプレッシャーが少なく、おやつ感覚で何気なく食べることができます。手づかみで食べるという感覚、一口サイズの気楽さ、など楽しみながら食べられるのもフライドポテトの魅力だと思います。 こういった魅力が妊娠中には合っているのかもしれません。 そして、食べ物がおいしいと感じるのは、舌や鼻だけでなく、脳の役割が大きいことも忘れてはなりません。「妊娠中にフライトポテトが食べたくなるらしい」という情報を知っていると、つわり中でもフライドポテトを食べてみたいという気持ちになるかもしれません。そして、実際の味も普段よりおいしく感じる、、、という可能性もあります。 例えば、昧のサンプルに、おいしい食品の名前、または数字を書いた場合を比べると、食品の名前が書いてあるサンプルの方がおいしさ評価が高まるという研究結果があります25
このようなおいしさの変化には、二次味覚野とその周辺領域の活動の関与が示され、二次味覚野が情報によるおいしさにもかかわることが示唆されています。 一方、競合する2 社の清涼飲料水をラベル無しで飲み、好きな方を選ぶ実験では、結果に差がなかった、という研究があります。しかし、同じブランドの清涼飲料水をラベル無しとラベル有りで比べた場合には、ラベル有りを選ぶ人が増えたというのです26
このときの脳活動を調べてみると、記憶に関与することが知られている海馬と前頭前野という脳領域が働いていることが示されました。
つまり、おいしさにはブランドイメージなどの記憶も関与しているのかもしれません。 普段何気なく感じる「おいしさ」は、五感だけでなく、経験や情報を活かして一人一人が作り上げた感覚のようです。妊娠によって、これまでの感覚が変わってしまうと驚いたり不安に思われるかもしれません。しかし、病気などではないことを理解して今までとの違いを楽しむくらいの気持ちで妊娠期間を過ごしてください。

まとめ

妊娠中の味覚や嗅覚の変化は、一時的な変化と受け止め、食べられるものを食べましょう。
特定の食品にはまった場合には、摂り過ぎに注意しながら楽しみましょう。
つわりが軽くなってきたらいろいろな食品を楽しみましょう。

文献

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