株式会社みらいたべる 産育食ラボ

母乳が生活習慣病を防ぐ!? ―最新の研究から―

【母乳と肥満】

メタボリックシンドロームや生活習慣病という言葉が使われ出してから久しいですが、中でも”肥満”は日本だけでなく世界的にも大きな問題になっています。
肥満になるとさまざまな病気を引き起こしやすくなります。動脈硬化や高血圧だけでなく、糖尿病、高尿酸血症や痛風、脂肪肝、 膵炎なども肥満との関わりが深い病気です1)。 最近特に注目されているのは“母乳と肥満”の関係です。赤ちゃんの頃に母乳で育てられると肥満になりにくいという調査結果が、いろいろな研究機関から報告されています2),3),4),5)。

本稿では母乳と肥満、そして生活習慣病に関する最新の論文をいくつかご紹介します。

【母乳哺育は肥満予防につながる】

国立成育医療研究センターの藤原武男社会医学研究部部長らは、日本人を対象にした母乳と肥満についての調査報告を2014年に発表しました6)。
この調査では、厚生労働省「21世紀新生児縦断調査」の男女それぞれ約2万人ずつのデータ(2001年~2009年)が用いられ、母乳哺育の程度(完全母乳哺育、混合乳哺育、もしくは人工乳のみ)と、乳幼児期から児童期でのBMI値の関係を解析しました。

結果によると人工乳のみで育った子どもと、完全母乳哺育や混合乳で育った子どもでは4歳~5歳頃まではほとんどBMI値に差がありません。しかし、5歳を過ぎたあたりから明らかな差が認められ、人工乳のみで育った子どものほうがBMI値が高くなる傾向が、男女ともに認められます(図1赤い矢印の示すグラフ)。

この報告から、乳児期に母乳をまったく摂らなかった子どもは、児童期に肥満の兆候が現れやすいことが示されました。特に男の子ではその傾向が顕著です。
肥満児が将来的に生活習慣病を発症しやすいことはよく知られています7)。本研究は、母乳哺育が肥満児の予防、ひいては生活習慣病の予防につながる可能性を示唆しています。

【肥満とは】

それでは”肥満”とは実際にはどういうことでしょうか?少し細かくみていきましょう。

日本生活習慣病予防協会によれば、肥満とは『体の中に体脂肪が過剰に蓄積した状態』と定義しています8)。
また厚生労働省によると、“医学的に「肥満」という言葉は、脂肪が一定以上に多くなった状態のことを指す”としています9)。
現在、肥満の判定は身長と体重から計算される”肥満指数(Body Mass Index :BMI)“という数値をもとに行われています。日本肥満学会が決めた判定基準では、統計的に最も病気にかかりにくいBMI値22を標準とし、25以上を肥満としています10)。

平成25年の厚生労働省の国民健康・栄養調査結果によると、男性のBMI値25以上の肥満者は近年まで増加傾向でしたが、平成23年頃から横ばい傾向にあり、平成25年での割合は28.6%です。女性では20.3%であり、この10年ほどは減少傾向にあります11)。メタボリック症候群という名称が定着し、健康に対する意識の高まりが影響しているとも考えられます。

体内の脂肪の中でも、内臓にたまる脂肪が最も問題だといわれています。内臓脂肪からは“アディポサイトカイン”というホルモンのような物質が分泌されます。内臓脂肪が多くなると、高血圧や脂質異常症、糖尿病、動脈硬化などになりやすくなる物質が多く分泌されるようになります9)。

それでは肥満のもととされる”脂肪”は、体の中ではどのように消化されているのでしょうか?詳しくみていきましょう。

肝臓の脂質代謝

食物から摂取したり、体内で合成された脂肪は肝臓や脂肪組織に貯蔵されます。エネルギーが必要になる場面で、脂肪は膵臓のリパーゼで消化されて“グリセリン”と“脂肪酸”になります。その後、グリセリンはグリセロール‐3リン酸を経て、解糖経路とよばれる経路で代謝※1されます。また脂肪酸はミトコンドリアで“β酸化”とよばれる代謝経路によって、アセチルCoAになるまで分解されます12)。

肝臓は脂質の代謝が行われる重要な臓器です。胎児期には肝臓の機能が未発達であり、まだそれほど脂質を代謝することができません。胎児期の栄養素は主に糖分(グルコース)であり、胎盤から吸収される糖を代謝して栄養を摂っています。 赤ちゃんは産まれると同時にお母さんの胎盤と引き離され、栄養を母乳から得ることになります。母乳には必須脂肪酸や長鎖多価不飽和脂肪酸、コレステロールが多く含まれ、総カロリーの約50%は脂肪です13)。赤ちゃんはこの母乳の脂質を代謝するための機能を発達させる必要があります。しかし出生後に脂質代謝の機能がどのように発達するのかは、今まで明らかになっていませんでした。

今回、東京医科歯科大学の小川佳宏教授のグループは、母乳に含まれる成分によって脂肪燃焼する機能が発達することを、初めて遺伝子レベルで明らかにしました14)。この研究の成果を次にご紹介していきましょう。

母乳成分が脂肪燃焼遺伝子のスイッチを入れる

小川教授らのグループは、まず生まれたばかりのマウスと、出生後に母乳で何日か育てられたマウスの肝臓で働く遺伝子を比較しました。すると出生後に母乳で何日か育てられたマウスでは、脂肪燃焼にかかわる多くの遺伝子が”脱メチル化“をされていることを見つけ出しました。

遺伝子の基本はDNAと呼ばれる物質ですが、このDNAやこれを囲むヒストンという物質に特別な標識が付くことがあります。メチル基というのはそういった標識の一つです。DNAにメチル基が付加されると、その近くの遺伝子の発現は抑制され、逆にメチル基がはずれる(脱メチル化)と遺伝子の発現は活性化されます※4。 教授らの結果は、脂肪燃焼にかかわる多くの遺伝子は出生直後には働いていなくても、何日か経った後には活性化され働き始めていることを示しています。

さらに教授らは脂肪の燃焼にかかわる特定の3つの遺伝子(Cpt1a, Acox1, Ehhadh)に着目し、出生直後のマウスと、母乳で数日育てられたマウスでの活性度(脱メチル化の程度)を比較しました。すると母乳で数日育てられたマウスではこれらの遺伝子に多くの脱メチル化がおこり、その発現が活性化されていることがわかりました。

この3つの遺伝子は、上記でご説明した“β酸化”という脂肪酸の代謝経路にかかわる遺伝子群です。

教授らのグループはこれらの脂肪燃焼関連遺伝子が、どういった仕組みで活性化されるのかを明らかにするために、“PPARα”というタンパク質※2に着目しました。 PPARα(peroxisome proliferator-activated receptor alpha)は 、遺伝子の転写※3を促す作用を持つタンパク質の一種で、脂肪細胞の分化に必須であることがわかっています。

実験ではまずPPARαが働かないように細工した“PPARα欠損マウス”を、普通のマウスと同様に育て、遺伝子の働きにどのような変化があるかを調べました。すると出生直後では、PPARα欠損マウスと正常マウスの脂肪燃焼関連遺伝子の働きには差がありませんでした。しかし出生後16日目では明らかな働きの差が認められ、PPARα欠損マウスでは脂肪燃焼関連遺伝子が正常マウスのようには活性化されていませんでした。 また次の実験で、PPARαが過剰に活性化するように操作したマウスでは、これらの遺伝子は出生直後から活性化されていました。

これらの実験から、脂肪燃焼関連遺伝子はPPARαによってその発現が活性化されたり、抑制されたりする遺伝子群であることが分かります。いってみればPPARαは脂肪燃焼関連遺伝子の活性化スイッチの役割をしているのです。PPARαのスイッチが“オン“になれば、脂肪燃焼にかかわる遺伝子群が活発に働き出し、脂肪を燃焼しやすくなるわけです。

それではこのスイッチ、すなわちPPARαが”オン“になる仕組みは、どうなっているのでしょうか?実はPPARαは以前からよく知られた“脂質センサー分子”で、脂質によって活性化されることがわかっています16)。

以上の話をまとめるとこのようになります。 乳児期に母乳を飲むことによって、母乳の主成分である脂質がたくさん取り込まれます。すると母乳の脂質がPPARαのスイッチを”オン”にします。PPARαのスイッチが入ることで脂肪燃焼にかかわる遺伝子が活性化され、活発に働くようになります。その結果、脂肪酸の代謝が進む、すなわち脂肪が燃焼されるようになります。 これらの研究はマウスを使ったものですが、同じ哺乳類である我々ヒトでも、同じような仕組みがあると考えられています。

本研究の重要な点は、この活性化スイッチが大人になっても継続するということです。乳児期に母乳を摂らないと、母乳の脂質が体内に入らず、PPARαスイッチは“オフ”のままです。その結果、脂肪燃焼関連遺伝子が活性化されないまま大人になります。脂肪の代謝が進みにくい体質になることで体内に脂肪がたまりやすくなり、将来的に糖尿病など生活習慣病のリスクが高まることも考えられます。
出生後に脂質を多く含んだ母乳を摂ることによって、脂肪燃焼をする下地が作られ、これが生活習慣病を予防することにつながるかもしれません。もちろん人工乳にも脂質は含まれますが、図1のような結果が得られているということは、脂質の組成または成分が母乳とは異なっていると考えられます。今後はこの研究成果をもとに、母乳哺育の重要性を理解するのはもちろんのこと、脂肪燃焼関連遺伝子を活性化させる働きをもつような人工乳の開発も期待されます。

今回の成果は、最近耳にすることも多くなったDOHaD説を裏付けることにもなります。DOHaD説とはDevelopmental Origins of Health and Diseaseの略で、“妊娠初期、胎児期、授乳期の栄養状態等が、赤ちゃんの将来の健康に影響を及ぼす“、という内容の医学仮説です。詳しくは弊社HP“みらいたべる 産育食ラボ”にもご紹介しています17)。ぜひそちらもご覧ください。

【用語説明】

【参照文献】

  1. 厚生労働省 肥満の何がこわいの?
  2. Obesity and breastfeeding: The strength of association. Marseglia L et al. Women Birth. 2015 Jan 13. S1871-5192(15)
  3. Breastfeeding may help prevent childhood overweight. Dietz WH. JAMA. 2001 May 16;285(19):2506-7.
  4. Relationship between breastfeeding and obesity in childhood. Vafa M et al. J Health Popul Nutr. 2012 Sep;30(3):303-10.
  5. Relationship between breast-feeding and adiposity in infants and pre-school children. Gopinath B et al. Public Health Nutr. 2012 Sep;15(9):1639-44.
  6. Latent protective effects of breastfeeding on late childhood overweight and obesity: a nationwide prospective study. Jwa SC et al. Obesity . 2014 Jun;22(6):1527-37.
  7. CHILDHOOD OBESITY Lakshman et al.  Circulation. 2012 Oct 2; 126(14): 1770–1779.
  8. 日本生活習慣病予防協会 http://www.seikatsusyukanbyo.com/main/yobou/lecture/9.php
  9. 厚生労働省 肥満って、どんな状態?
  10. 日本肥満学会「肥満症の診断基準と治療ガイドライン」 http://www.jasso.or.jp/data/office/pdf/guideline.pdf#search='%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%82%A5%E6%BA%80%E5%AD%A6%E4%BC%9A+%E8%A8%BA%E6%96%AD%E5%9F%BA%E6%BA%96'
  11. 厚生労働省 平成25年国民健康・栄養調査結果
  12. 標準生理学 第7版 医学書院 p793
  13. 『Q&Aで学ぶお母さんと赤ちゃんの栄養 周産期医学Vol.42 増刊号2012』東京医学社 p448
  14. Ligand-Activated PPARα-Dependent DNA Demethylation Regulates the Fatty Acid β-Oxidation Genes in the Postnatal Liver.  Ehara T et al. Diabetes.  2015 Mar; 64(3): 775-84.
  15. 東京医科歯科大学プレス通知資料 http://www.tmd.ac.jp/archive-tmdu/kouhou/20141014.pdf#search='%E6%AF%8D%E4%B9%B3+%E5%B0%8F%E5%B7%9D
  16. Fatty acids and eicosanoids regulate gene expression through direct interactions with peroxisome proliferator-activated receptors α and γ. Steven A. K et al. Proc Natl Acad Sci USA. 1997 94(9): 4318–4323.
  17. みらいたべるHP 「DOHaD説についてhttps://tsukitominori.com/dohad/