株式会社みらいたべる 産育食ラボ

妊娠・授乳期に気になる「むくみ」

【はじめに】

妊娠中には、体重増加とともに「むくみ」が気になるという人が多くなります。妊娠中のむくみは何かトラブルの元になってしまうのでは?と気になるかもしれません。むくみとはどういうものなのか、解消法や予防策はあるのか、など妊娠・授乳期のむくみについて詳しくお話しします。

【むくみとは?】

私たちは普段、「むくみ」という言葉を使いますが、専門用語では「浮腫(ふしゅ)」といいます。浮腫というのは、組織中に過剰な水分が貯留している状態と定義されています(以下の文章では表記をむくみに統一します)。私たちが意識するむくみというのは、顔や手足など体表面に見られるものがほとんどですが、実際には身体の内部も含めていろいろな組織にむくみは生じます。

では、どうして組織中にむくみが生じるのでしょうか。組織中の水分量というのは、血液とリンパ液によって調節されています。血液は動脈側毛細血管から運ばれ、静脈側血管で9割程度回収されます。残りの1割がリンパ液としてリンパ管から回収されます。このように血管とリンパ管が正常に働いている場合には組織中には余分な水分は残りません。しかしながら、血管やリンパ管にトラブルがあると組織中に水分が溜まってしまい、むくみが起こるのです。

例えば、毛細血管には小さな隙間がありそこから酸素や栄養素を組織に届けるのですが、その隙間が広がり過ぎると血液の成分が過剰に組織中に運ばれ、回収しきれなくなりむくみとなります。また、静脈の血流やリンパの流れが悪くなった場合にも組織中の水分がきちんと回収されないため、むくみとなります。

むくみは、血管やリンパ管のトラブルによって引き起こされますが、その症状は局所的なものと全身的なものに分けれられます。局所的なむくみの場合には、身体の一部が圧迫されたり、炎症を起こしていることが原因と考えられます。一方、全身的なむくみの場合には、心臓、腎臓、肝臓といった臓器に疾患があることがあります。また、薬の副作用や低栄養状態によってむくみが起こる場合もあります。

【妊娠期のむくみ2

では妊娠期のむくみというのはどういうものなのでしょうか。妊婦を対象としたアンケートによると、およそ30%の方がむくみを経験したという結果が得られています。そもそも、妊娠中の体重増加というのは胎児や胎盤の発達だけでなく、妊婦自身の血液や体液量の増加によっても起こります。体内の総水分量としては、妊娠前より約6~8Lも増えるといわれています。特に妊娠後期になると細胞の内外で水分量が増加しているため、むくんだと感じられるかもしれませんが、これは生理的な現象であり、異常ではありません。

一方、妊娠期には他にもむくみを起こしやすくする原因があります。一つ目はホルモンの変化です。胎盤から産生されるホルモンが増加すると細胞の外側で水分を貯留しやすい状態になり、骨盤、関節、子宮頸部などの組織を軟化して妊娠の維持、出産に備えると考えられています。同様のことが皮膚においておきるとむくみとして感じられるといわれています。

また、妊娠後期には子宮が大きくなるため周辺の血管を圧迫することがあります。下大静脈を圧迫している場合には下肢からの静脈の流れが弱くなるため、下半身にむくみが起こりやすい状態になります。

これまで妊娠中のむくみは子癇(しかん:妊娠中に異常な高血圧となり痙攣や意識喪失を起こす)の前兆と考えられていたため、よくないものというイメージがありました。しかし、最近の研究からはむくみは妊娠高血圧症候群に随伴的に起こる症状と考えられています。一方、症状がむくみ単独である場合には病的な意義はないと考えられています。実際、むくみを経験した妊婦さんでは、低出生体重児を産む頻度が少ない3、周産期死亡率を下げる3、周産期の予後は良好4という調査結果も得られているのです。

正常妊娠にみられるむくみは妊娠35週以降に生じることが多く、主に下肢、手背、外陰が好発部位とされています。一方で妊娠高血圧症候群に伴うむくみの場合には顔面や眼瞼をはじめとする全身に生じることが特徴といわれています。妊娠28週未満でむくみが発現した場合には、その後に高血圧を発症するリスクが高いことがわかっており、早い妊娠週数でのむくみには注意が必要です5

そのほかにも、むくみが急に悪化した場合、むくみに左右差がみられる場合などには腎臓や心臓、内分泌系の疾患が原因である可能性もありますので、早めに医療機関を受診してください。

【授乳期のむくみ】

出産後のむくみについては、妊娠中ほど大きく取り上げられることはありません。しかしながら、妊娠中に増えた体液は出産後すぐに消えてなくなるわけではありませんし、血液中のホルモン濃度の低下も個人差があります。こうしたことが原因となって、出産したあともむくみを感じる人がいることと思われますが、妊娠中と同様、病的な意義は少ないと考えられています。

一方、授乳期には同じ姿勢で授乳する時間が長くなったり、寝不足や運動不足になったりすると血流が悪くなり、むくみやすくなるということも考えられます。こうした原因を解消してもむくみが改善しない場合、むくみに左右差がある場合などは医療機関を受診してみてください。

【むくみと塩分】

妊娠中のむくみについては、これまで安静や減塩(7~10g/日)を目安とするようにされてきました6。しかし、最近の海外の研究からは妊娠中のむくみについては塩分制限は必要ないという見解が広まってきています7。というのは、もともと妊娠中のむくみというのは、妊娠高血圧症候群に伴って起こるものなので、高血圧を改善する方法の一つとして減塩がすすめられてきたのです。ところが、さまざまな研究の結果、妊娠高血圧症候群については、塩分を減らすことには効果がないとする報告が出てきたのです8。もともと妊娠高血圧症候群の患者さんでは循環血漿量が正常妊娠の場合よりも減少しているため、塩分を減らすと血液中のナトリウム濃度が低下し、その結果循環血漿量がさらに低下して子宮や胎盤の血漿量にも影響し、妊娠高血圧症候群が悪化すると考えられています。したがって、妊娠高血圧症候群を発症した場合の栄養指導においては、7~8g/日の塩分摂取が勧められており、これ以下の極端な塩分制限は勧められていません9。したがって、妊娠中のむくみにおいても塩分制限は必要ないと考えられています。ちなみに日本人の食事摂取基準(2015年)によれば、20~40代の女性の塩分の摂取基準は7g/日となっており、妊娠期および授乳中においても付加する必要はないとされています。一方、平成28年度の国民健康栄養調査の結果10によると20~40代の女性の塩分摂取量の平均値は8.5~8.7g/日となっています。普段から味付けが濃いめになっている場合には、できるだけ薄味を心掛けておきましょう。 (※ただし、非妊娠時からの高血圧と妊娠高血圧症候群は別の病気で塩分管理についても別となりますのでご注意ください)

むくみを改善・予防する栄養素はある?

妊娠中のむくみは大きく分けると、生理的な現象として起こる場合と妊娠高血圧症候群に伴って起こる場合があります。生理的な現象として起こる場合には、特別な治療等は必要ありませんが、見た目が気になったり、体がつらく感じることがあると思います。では、むくみを改善したり予防したりする栄養素はあるのでしょうか?実はむくみについては、食事だけで改善することはむずかしいのです。組織にたまっている水分を排出するためには筋肉を動かすことによって静脈やリンパ管の流れをよくすることが効果的です。したがって、軽い運動やストレッチ、マッサージなどを行うことがおすすめです。また、就寝時に足の下にクッションなどを置き、足を高くして寝ることによって下半身のむくみが改善されることもありますので、お試しください。

一方、妊娠高血圧症候群に伴って起こるむくみについては、妊娠高血圧症候群を予防・改善するための栄養指導を参考にするのがよさそうです。日本産婦人科学会においては、エネルギー摂取、塩分摂取、水分摂取、タンパク質摂取量に注意をするよう取り上げていますが、いずれも軽度な制限です11-13。一方、妊娠高血圧症候群の予防については、カルシウム、n-3系多価不飽和脂肪酸、抗酸化剤(ビタミンC、ビタミンE)などの摂取が検討されています。しかしながら、効果があるという報告と、効果はないという報告がそれぞれあり、きちんとしたエビデンスが不足しており、今後の検討が必要とされています9

ところで、むくみを解消するには余分な水分を排出しなくてはならないので、排尿を促すことが必要で、そのためにはカリウムを摂ると良い、という話を聞くことがあるかもしれません。しかし、カリウムがむくみに効く栄養素、という訳ではありませんので注意が必要です。そもそも、カリウムは体液の浸透圧に関わる栄養素で、ナトリウムとバランスを取りながら存在しています。したがって、ナトリウムが過剰にある場合にはナトリウムを尿中に排泄する働きをもっているので、カリウムの摂取を増やすことによって血圧の低下や脳卒中予防につながることが示されてきています14。したがって、ナトリウム過剰が原因で起こる症状についてはカリウム摂取の効果が期待できるかもしれませんが、妊娠中のむくみについてはナトリウムの関与は明らかになっておりませんので、カリウムの摂取についても効果は不明なのです。

また、一部の情報として様々な栄養素がむくみをスッキリさせる効果が期待できるとしていることがあります。しかしながら、むくみを改善する単一の栄養素は明らかになっていません。むくみ用のサプリメントなどもありますが、妊娠中の使用における安全性は確認されていない成分も数多く含まれていますので注意しましょう。

食事のコツ

妊娠中は栄養バランスの整った食事をしていても自然にむくみやすくなっている状態です。そんな自然なむくみについては、もし、気になる場合には筋肉を動かすことで少しでも改善させることを試しましょう。

一方、妊娠高血圧症候群に伴うむくみはリスクのあるむくみです。こうしたむくみを予防するための食事のコツについてお話しします。

食べた物が胃の中で消化されて空になり、血糖値が下がって、からだのエネルギーが不足していると判断されると空腹を感じます。食べた物が胃の中に滞留する時間は食品の種類と量によって変わりますが、単独で摂取した場合には糖質が最も短いことがわかっています。つまり、糖質ばかりの食事ではお腹が空きやすいといえます。糖質の次に胃内滞留時間が長いのがタンパク質です。脂質は消化物が胃の運動を抑制するため滞留時間が長くなります。したがって、タンパク質を中心に脂質を少し加えると空腹になりにくいといえそうです。

・食べ過ぎに注意

肥満は妊娠高血圧症候群の発症因子の1つに挙げられています。カロリーの摂り過ぎや夜食の食べ過ぎは肥満の原因となりますので気を付けましょう15

・できるだけ薄味に

基本的には薄味を心掛けましょう。極端に塩分を減らす必要はありませんが、調理の仕方を工夫して少しずつでも塩分を減らしましょう。たとえば、香辛料を使ったり、レモンやお酢を使うことによって塩分を減らすことができます。また、こんぶやかつお節、野菜のだしをうまく使ってうま味を引き出すと塩分は減らせるので、おすすめです。

・カリウムを意識して

カリウムはナトリウムを尿中に排泄して血圧を下げる効果が期待できます。20~40代の女性ではカリウムの摂取量が若干少なめになっています10ので、不足しないように気を付けましょう。カリウムは海藻類、豆類に多く含まれており、野菜は果物からも摂りやすくなっています。

・カルシウム不足に注意

一般に妊娠中にはカルシウムの吸収が良くなるため、妊娠時にカルシウムを付加する必要はないと考えられています。しかしながら、疫学調査ではカルシウムが不足している女性ではカルシウムの摂取により妊娠中の高血圧に伴うトラブルが減少したという報告があります16。月とみのりで取り上げた記事17を参考にしてできるだけカルシウムは不足しないように気を付けましょう。

・n-3系多価不飽和脂肪酸

妊娠高血圧症候群に対する直接の効果は示されていませんが、降圧効果、コレステロールなど脂質代謝改善の作用があるため、積極的に摂ることが勧められます。n-3系多価不飽和脂肪酸は魚に多く含まれる油です18

【まとめ】

【参考文献】

  1. 浮腫の基礎.小野部 純.理学療法の歩み. 21:32-40, 2010.
  2. 妊娠浮腫. 高木健次郎, 他. 周産期医学. 42:335-338, 2012.
  3. The epidemiology of oedema during pregnancy. Thomson AM, et al. J. Obstet. Gynaecol. Br Cwlth. 74:1-10, 1967.
  4. Blood pressure, Edema and Proteinuria in Pregnancy 5. Edema Relationships. Vosburgh GJ. Prog Clin Biol Res. 7:155-168, 1976.
  5. 妊娠と脂質代謝.杉山隆.HORMONE IN GYNECOLOGY. 20:29-33, 2013.
  6. 妊娠浮腫が母児の予後に与える影響. 黒川達郎,他.日産婦雑誌 40:9-13, 1988.
  7. 妊娠中毒症の食事療法. 中林正雄. 日本妊娠中毒症学会雑誌. 6:34-38, 1998.
  8. Royal College of Obstetricians and Gynaecologosts:Hypertension in pregnancy. The management of hypertensive disorders during pregnancy. August 2010:NICE Clinical Guideline.
  9. Low sodium diet and pregnancy-induced hypertension: a multi-center randomised controlled trial. Knuist M, et al, Br J Obstet Gynaecol. 105:430-434, 1998.
  10. 妊娠高血圧症候群 山本樹生他、周産期医学. 42:331-334, 2012.
  11. http://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10904750-Kenkoukyoku-Gantaisakukenkouzoushinka/kekkagaiyou_5.pdf
  12. 妊娠中毒症の栄養管理指針. 正雄. 日経婦誌. 51:N507-510, 1999.
  13. 妊娠高血圧症候群の栄養と食事. 日高敦夫. 周産期医学. 35:135-141, 2005.
  14. 日本妊娠高血圧学会編 妊娠高血圧症候群管理ガイドライン2009 メジカルビュー社 東京 2009.
  15. WHO. Guideline : Potassium intake for adults and children. Geneva, World Health Organization(WHO), 2012.
  16. 産育食ラボ Vol.21 知りたい!食欲と体重をうまくコントロールするコツ (http://tsukitominori.com/lab/7687/) 月とみのり
  17. Calcium supplementtation during pregnancy for preventirng hypertension disorders and related problems. Hofmeyr GJ, et al, Cochrane Database Syst Rev. (8) CD001059, 2010.
  18. 産育食ラボ Vol. 9 足りていますか?母子の健康維持に欠かせないカルシウム (http://tsukitominori.com/lab/4273/) 月とみのり
  19. 産育食ラボ Vol.11 妊娠・授乳中に、脂質と上手につきあうために (http://tsukitominori.com/lab/5061/) 月とみのり