最新医学と連携!産育食ラボVol.11 妊娠・授乳中に、脂質と上手につきあうために

最新医学と連携!産育食ラボ

美容と健康の敵のように思われがちな脂質ですが、これも大切な栄養素。摂りすぎても不足しても、健康上のトラブルを招いてしまうんです。妊娠中から授乳期にかけて、赤ちゃんの発育にも欠かせない脂質と上手につきあうコツ、知っておきましょう。

山下敦子博士(医学)

「月とみのり」専属サイエンスアドバイザー
山下敦子博士(医学)

遺伝子工学などバイオテクノロジーの知見を背景に、医薬研究の道へ。
製薬会社研究員を経て大阪大学医学部研究員。現在は一女の母。はじめての子育てに奮闘中。

誤解しないで!脂質に善玉VS悪玉はありません。でもちょっと意識したいのは…。

  • 脂質はからだによくないイメージがあるので、控えた方がいいのかな、と思ってました。
  • 脂質がよくない、というのは摂り過ぎた場合のことですね。脂質はからだのエネルギー源として必要な栄養素です。また、脂質は細胞膜の主な成分でもあります。他にもホルモンの原料になったり、脂溶性のビタミンの吸収をたすけたりと、さまざまな機能をもっています。
  • 脂質の摂り過ぎは何がよくないんですか?
  • 脂質はエネルギー源として貯蔵しやすい構造をもっているので、摂り過ぎた分は脂肪細胞に蓄えられます。脂質が過剰に蓄えられた脂肪細胞は肥満をまねくだけでなく、ホルモンなどの異常分泌を誘導し、生活習慣病を引き起こすことがわかっています。
  • 逆に脂質の不足で何か問題が起きることもあるのですか?
  • もちろんです。脂質は細胞の膜に多く含まれます。したがって、脂質が不足すると血管の細胞膜がもろくなり、出血を起こしやすくなります。とくに、脳の出血は深刻な問題となります。
  • 脂質にもいいものと悪いものがあると聞いたことがあるのですが、本当ですか?
  • 本来、脂質自体にはいいとか悪いという区別はありませんよ。どんな脂質でも摂り過ぎはよくありません。一方、体内では合成できない脂質は必須脂肪酸と呼ばれ、食事から摂取するしかありませんので、からだにいい脂質と呼ばれることがあります。
  • 必須脂肪酸とはどんな脂質ですか?
  • 脂肪酸は脂質の一種で、飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸に分けられます。飽和脂肪酸は、肉類や乳製品など動物性脂肪に多く含まれていますが、不飽和脂肪酸を多く含むのは魚類や植物ですね。さらに不飽和脂肪酸はその構造から「一価不飽和脂肪酸」と「多価不飽和脂肪酸」に分類されるんですが、多価不飽和脂肪酸はヒトの体内で合成ができないので、これを必須脂肪酸と呼んでいます。
  • その必須脂肪酸ってどんな食品に含まれているんですか?
  • 必須脂肪酸は、その構造の違いからn-6系脂肪酸、n-3系脂肪酸と呼ばれることもあります。n-6系脂肪酸の代表として、アラキドン酸やリノール酸があり、コーン油やごま油などの植物油におなじみの成分です。一方、n-3系脂肪酸の代表としてドコサヘキサエン酸(DHA)、エイコサペンタエン酸(EPA)がありますが、これは魚に多く含まれると聞いたことがあるでしょう。必須脂肪酸は細胞膜に存在すると膜の流動性が高くなるので、細胞の機能がはたらきやすくなります。特に神経系の細胞には重要な脂質なんですよ。

妊娠~授乳中は、赤ちゃんの健康を意識して、脂質を上手に摂りましょう。

  • 妊娠中には脂質の量も増やした方がいいのでしょうか?
  • 妊娠中には、脂質だけでなく、糖質、タンパク質も併せてエネルギー源と考え、初期、中期、後期と徐々に摂取量を増やしていかなければなりません。「国民健康・栄養調査」の結果を見ると、20~40代の女性では十分な量の脂質を摂取できているといえます。特に動物性の脂肪についてはやや過剰気味です。したがって、妊娠中には、魚類や植物に多く含まれる必須脂肪酸を中心に摂取量を少しずつ増やすようにしてください。必須脂肪酸は妊娠初期から母体に蓄えられ、赤ちゃんに優先的に送り込まれる脂質です。
  • 妊娠初期から体重が増えているのですが、脂質の摂り過ぎでしょうか?
  • 妊娠すると、おかあさんのからだは脂質を蓄えるようにはたらくので、体重が増えやすくなっています。これは、妊娠後期に急激に成長する赤ちゃんにエネルギーを送るために、あらかじめ脂質を蓄えているからです。でも、医師に増え過ぎを注意された時には食事を見直さなくてはなりませんね。食事を見直す時には、脂質だけを減らすのではなく、糖質、タンパク質の量も併せてバランスよく減らすようにしてください。また、脂質を減らすときには、肉類の脂質を中心に減らし、魚類などの必須脂肪酸は減らさないようにしてください。必須脂肪酸は赤ちゃんの脳や神経の発達を支える大切な栄養素です。
  • DHAをたくさん摂ると頭のいい子になるというのは本当ですか?
  • DHAも必須脂肪酸の一つで、脳や神経にたくさん含まれる脂肪酸です。妊娠初期から赤ちゃんに優先的に摂り込まれ、妊娠後期には急速に脳に蓄えられることがわかっています。DHAと脳の発達に関する研究はたくさん行われていて、一部の研究では有効性が報告されていますが、まだ確かなエビデンスは少ない状況です。DHAが頭をよくするかどうかはまだわかりませんが、神経細胞の機能に重要なことはよくわかってきています。ですから、DHAは頭をよくする土台を作っていると考えることはできるかもしれませんね。
  • 出産後は脂質をいつものように摂ってもいいのですか?
  • 出産後、母乳で赤ちゃんを育てる場合には、いつもより少しエネルギー摂取量を増やす必要があります。妊娠中と同じように脂質だけでなく糖質、タンパク質を併せてエネルギー源として考えてバランスよく増やして下さい。特に、必須脂肪酸は母乳に優先的に取込まれるので、おかあさんの必須脂肪酸が不足しやすくなっています。授乳中も、必須脂肪を積極的に摂取してください。
  • 脂質は乳腺炎の原因になるのであまり摂らない方がいいと聞いたことがありますが、本当ですか?
  • 母乳中の脂質濃度というのはほぼ一定に保たれていて、食事の影響を受けにくいと言われています。乳腺炎の原因は、食事中の脂質というよりも、おかあさんの乳頭の形、母乳の分泌量、赤ちゃんの飲み方などのほうが影響が強いと考えられています。急速な成長を続ける赤ちゃんにとって、脂質は大切なエネルギー源です。そして、脳の発達のためにもなくてはならない栄養素です。授乳中に脂質のみを極端に減らすのは避けてください。
  • 母乳中の脂質は吸収しやすいというのは本当ですか?
  • はい、本当です。母乳中に含まれる脂質の構造は、消化が未発達な赤ちゃんでも吸収しやすくなっているんですよ。赤ちゃんはお腹の中にいるときはへその緒から血管経由で栄養を摂取していますが、出産すると口からの栄養摂取に切り替わります。この変化はとても大きく、胃や腸が慣れるまでにも時間がかかります。そこで、出産直後の初乳は特に赤ちゃんが消化・吸収しやすい構造になっているんですよ。
  • 母乳で育った子は肥満になりにくいのでしたね。
  • その通りです。出産後、母乳を飲むことによって脂質をエネルギーに変える代謝経路が活発になります。母乳中の脂質は吸収が良く、赤ちゃんの血中の脂質濃度も高くなるのですが、最近の研究では、このように赤ちゃんのうちに脂質にさらされていることが、成人後の脂質代謝にも影響するのではないかと考えられています。母乳は赤ちゃんにとって最適な食事です。母乳の出が少ない場合でも、少しずつでもかまいませんので、できるだけ飲ませてあげてくださいね。

覚えておきたい、健康的な脂質の摂りかた、減らしかた。

  • 肉類や魚類の他に脂質を多く含んでいるのはどんな食品ですか?
  • 乳製品、ナッツ類、アボカド、たまご(卵黄)などには脂質が多く含まれています。また、多量に食べることはないですが、きな粉やあぶらあげ、ゴマにも脂質が多く含まれています。それから、食品自体に脂質が少なくても、フライドポテトや天ぷらなど油を使った料理には脂質が多く含まれます。
  • 脂質を減らしたい時のコツはありますか?
  • そんな時は、過剰摂取になりがちな飽和脂肪酸を中心に減らし、必須脂肪酸は減らさないようにしてください。肉の代わりに魚を食べる、肉の中でもばら肉など脂身の多い部分ではなく赤身を使う、クリームやバターを多く使った食品(クロワッサンや菓子類など)を減らすなどして対応してください。また、揚げ物・炒めものを煮物・蒸し物に変えてみてください。
  • 魚が苦手なのですが、必須脂肪酸はどのように摂取したらいいですか?
  • 必須脂肪酸は、シソ油、エゴマ油、亜麻仁油などからも摂取できます。これらの油に含まれるα‐リノレン酸という脂肪酸は体内でDHAやEPAに変換されます。ただし、これらの油は酸化しやすいので保存には注意が必要です。また、DHAやEPAへの変換率が低いので、妊娠・授乳期にはできるだけ魚類からの摂取がおすすめです。月とみのりでは食べやすい魚のメニューをたくさん紹介していますので、参考にしてみてくださいね。
  • 他に何か気を付けることはありますが?
  • 工業的に加工された脂質にはトランス脂肪酸を多く含んでいるものがあります。トランス脂肪酸は過剰摂取によって冠動脈疾患のリスクが高まることが知られています。また、一部の研究ではお腹の赤ちゃんにも影響することが示されています。日本食の場合は過剰摂取になることが少ないため、日本では聞き慣れない名前かもしれません。でも、マーガリンやショートニングなどを多く使った菓子類、パン類はトランス脂肪酸を多く含んでいることがありますので、摂り過ぎないように注意してください。

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