【産育食ラボ】授乳のとき、赤ちゃんの目を見て話しかけてますか? ~産後うつに関する研究~
産育食ラボからレポートです。「産後うつ」という言葉を目にすることが多くなりました。その正体はいったい何なでしょうか?そしてやわらげる方法はあるのでしょうか。
ニュースなどでも「産後うつ」という言葉を耳にすることが多くなりました。出産を控えた妊婦さんや、赤ちゃんをお持ちのお母さんには、とくに気になる話題ではないでしょうか?
産後うつは妊婦さんの約15%に起こると言われます。妊娠や出産への不安や、育児によって生活ペースが変わることも原因のひとつですが、なにより、この時期に「ホルモンバランス」が劇的に変化することが大きく影響しています。
この度、富山大学の研究チームが行った調査によって、授乳のときに赤ちゃんへ「語りかける」ことが、産後うつのリスクを下げる可能性があることがわかりました。今回は、「産後うつ」の予防にもつながる研究についてご紹介します。
【「オキシトシン」が産後うつの予防に効く?】
産後うつの原因の解明や予防を目指して、さまざまな研究が行われています。その中でも「母乳育児」と産後うつとの関係についていろいろな研究が行われていますが、はっきりとしたことは明らかになっていません。
そこで研究グループは、『子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)』に参加した親子を対象に、「母乳育児」と「産後うつ」との関係を調べる調査を行いました。エコチル調査は「子どもたちが安心して健やかに育つ環境をつくる」ことを目的に、2010年に開始された大規模で長い期間にわたる調査です。
研究グループは71448 名のお母さんに、「産後6カ月までの栄養方法(母乳か粉ミルクか)」と「産後うつ」についての聞き取り調査を行いました。 調査は、妊娠中に2回、産後1カ月に1回、産後6カ月に1回、合計4回行われました。
4回目の調査のときに行っている栄養方法と、その期間によって、参加者は下記の5つのグループに分けられました。
Ⅰ:母乳を6カ月間、続けなかった。
Ⅱ:母乳を6カ月間続けて、同時に粉ミルクを5~6カ月間与えていた。
Ⅲ:母乳を6カ月間続けて、同時に粉ミルクを3~4カ月間与えていた。
Ⅳ:母乳を6カ月間続けて、同時に粉ミルクを1~2カ月間与えていた。
Ⅴ:6カ月間母乳のみを与えていた。
結果を解析したところ、「6カ月間母乳だけを与えていたグループ(Ⅴ)」は、他のグループに比べて産後うつになるリスクが低いことがわかりました。
これには「愛情ホルモン」とも言われる「オキシトシン」が関係していると考えられます。オキシトシンは「幸福感」との関係が深いホルモンで、闘争心や恐怖心を抑える働きがあり、母乳を与えることで分泌されることが知られています。
以前に行われた研究から、母乳育児によってオキシトシンの量が増え、お母さんの気持ちが穏やかになることが報告されています。 また、産後うつとオキシトシンの量には関係があり、生後2カ月の赤ちゃんのお母さんを調べた結果、血液中のオキシトシンが多いほど、産後うつのリスクが低い傾向があることが報告されています。
今回の調査の結果から、母乳育児は産後うつの予防につながる可能性があることがわかりました。
【母乳でなくてもいい! たいせつなのは目を見て語りかけること】
母乳で育てたいと思っていても、なかなか母乳が出なくて苦労するお母さんは少なくありません。今回の調査では、母乳かミルクかだけではなく、「どのように授乳しているか」についても調査がおこなわれました。小さい赤ちゃんは吸う力も弱く、授乳に時間がかかることも多いものです。時間を持て余して、ついついテレビやスマホを見ながら授乳している、という方もおられるのではないでしょうか?
研究グループは、産後1カ月の時点で産後うつではないお母さんに対して、「赤ちゃんに母乳やミルクを与えるときに何をしているか」を聞き取り、次の2つのグループに分けました。
A. 赤ちゃんの目を見たり話しかけたりしている。
B. テレビやDVDを見る、新聞や雑誌を読む、携帯電話やパソコンを使う、家事を行うなど他のことをしている。
調査の結果、栄養方法や与えた期間に関係なく、授乳中に「赤ちゃんの目を見たり話しかけたりしているグループ(A)」では、「他のことをしているグループ(B)」よりも、産後6カ月での産後うつのリスクが低いことがわかりました。以前の研究から、お母さんが赤ちゃんの目を見ることでオキシトシンが分泌されることが明らかになっており、今回の調査の結果もオキシトシンが関係していると考えられます。
さらに詳しく解析したところ、最も産後うつのリスクが低いのは、「母乳だけで育て、さらに授乳中に赤ちゃんの目を見たり話しかけたりしている」グループであることが明らかになりました。
以上の結果から、母乳育児は産後うつの発症リスクを低くする可能性がありますが、母乳育児でなくても、授乳中に赤ちゃんの目を見て話しかけることで、リスクを低くする可能性があることがわかりました。
【産後うつがひどくなる前にSOSを!】
産後うつを単なる「気のせい」だと軽く考えている方もおられるかもしれません。でも、いわゆる「マタニティブルー」と「産後うつ」は異なりますから、注意が必要です。
「マタニティブルー」は出産して1週間くらいの間に現れる、軽いうつ症状です。ちょっとしたことで涙が出たり、眠れなくなったり、集中力が続かなくなったりします。出産した方の3割から5割が経験すると言われますが、たいてい2週間ほどで治まりますから、あまり心配はいりません。
これに対して「産後うつ」は、気分の浮き沈みが激しくなったり、不眠や食欲不振から、強いうつ症状や幻覚など精神に異常をきたす症状が現れたりすることがあります。出産後1カ月以内に発症することが多いようです。産後うつがひどくなると、病気が長引くだけでなく、子どもの成長に支障をきたす恐れもあるため、早めに受診する必要があります。
出産後、なかなか生活リズムが定まらない赤ちゃんに合わせて、お母さんは昼も夜も関係なく緊張しながら過ごしていることでしょう。とくに初めてのお子さんを授かったお母さんは、授乳やオシメ替えなど慣れないことばかりで疲れがたまってはいませんか? 「なんだか調子がおかしいな」と感じたら、ひとりでガマンせずに、かかりつけのお医者さんや保健師さんなどに、ぜひ相談してください。
赤ちゃんはまだ話したり、言葉を理解したりはできませんが、「ヒト」として言葉やしぐさによるコミュニケーションの能力を備えています。小さいころから絵本を読み聞かせたり、歌をきかせたりすることで情緒が安定するともいわれます。授乳はお母さんと赤ちゃんを結ぶ大切な時間です。ちょっとスマホをいじる手を止めて、今日から「話しかけ授乳」してみてくださいね。
ご紹介した論文
「赤ちゃんへの栄養方法とその期間、および、
https://www.u-toyama.ac.jp/wp/
Influence of infants’ feeding patterns and duration on mothers’ postpartum depression: A nationwide birth cohort –The Japan Environment and Children’s Study (JECS).Shimao M et al. Journal of Affective Disorders 285 (2021) 152–159
授乳のとき、赤ちゃんの目を見て話しかけてますか? ~産後うつに関する研究~