最新医学と連携!産育食ラボVol.4 DOHaD説って何?〈後篇〉―お腹の中にいるときから成人病予防?―

最新医学と連携!産育食ラボ

「低出生体重児は、将来成人病になるリスクが高い」。近頃、そんな話を耳にしたことはありませんか?
21世紀最大の医学学説とも言われる注目のDOHaD説について、前篇・後篇の2回にわけてやさしくレクチャーします。

工樂真澄博士(理学)

「月とみのり」専属サイエンスアドバイザー
工樂真澄博士(理学)

神戸大学理学部卒。神戸大学大学院自然科学研究科博士課程修了。
分子進化を主なテーマとして パリ11大学、国立遺伝学研究所、理化学研究所で研究を行う。ドイツでの子育て経験もあり。野球少年の一男の母。

胎内環境と生涯の健康との関係を照らし出すDOHaD説に注目!

  • 前回のお話では低体重で産まれた赤ちゃんは、将来、生活習慣病のリスクが高くなるということでした。
  • ちょっと信じがたいですよね。病気を発症するのは産まれてから何十年もたってからですものね。でも、お腹の中の環境って、それだけ赤ちゃんに影響が大きいということです。
  • 日本では以前から「小さく産んで大きく育てる」のがいい、といわれたりしてましたが実際は違うんでしょうか?
  • 「小さく産んで、、、」といわれだしたのは1980年代頃ですね。それ以前は妊婦は二人分の栄養を摂るよう指導されていました。しかし妊娠中毒症の予防などもあって、いつしかそのような風潮ができたようです*1
    ところが実際には、低出生体重児が普通の体重に追いつこうと急激に太ったりすると、成長してから高血圧などの成人病を引き起こしやすいことが報告されています*2
    このように出生体重と成長してからの健康との関連性について多くの報告があります。これらの研究から“胎内で経験した栄養環境が産まれて成長してからも影響を及ぼす“のではないか、という仮説がたてられました。これを現在ではDOHaD説と呼んでいて、いろいろな分野から注目されています。
  • おもしろいですね!DOHaDってそもそもどういう意味なんですか?
  • Developmental Origin of Health and Diseaseの頭文字をとってつなげたものです。わかりやすくいうと「妊娠初期~胎児期、授乳期の栄養状態が赤ちゃんの将来の健康に影響を及ぼす」、ということです。
  • 誰が言い出したのですか?
  • イギリスの疫学者、ダビッド・バーカー博士です。博士は新生児死亡率が多い地域では、心臓疾患患者も多いことを不思議に思ったんですね。その後の調査で、心臓疾患の患者の中には出生時の体重が通常より軽かった人が多くいたことがわかりました。
    妊娠中に栄養が不十分だった母親からは低体重児の子どもが産まれやすくなります。そのような低体重児の子どもは、成人してから心臓病など様々な生活習慣病を引き起こしやすいことが明らかになりました。1986年のことです*3
  • 日本でも同様な研究がされてるんですか?
  • この分野はまだ新しいのですが、近年活気を帯びてきました。2012年には「日本DOHaD研究会」が立ち上げられました*4。多くの関連研究施設や医療現場、企業などが参加して、母親の栄養状態と子どもの成長の大規模調査が行われています*5
  • 前回のお話では、お腹の中で十分に栄養がとれないと赤ちゃんの遺伝子の働き方が変わってしまって、栄養不足に対応できるように遺伝子が働くようになるということでした。
  • そうです。遺伝子そのものではなく、遺伝子の”働き方”に影響するんです。
  • それが大人になっても続いて、普通の人より栄養を効率的に取り込みやすくなって、結果的に成人病になりやすいということでしたよね。
  • そうなんです。その背景には “エピジェネティクス”といわれる仕組みが関わっていて、いま最も盛んに研究が行われている分野のひとつです*6。遺伝子というのは親から子へ受け継がれ、基本的な情報は変わらないはずです。しかしどの遺伝子がどのように働くかは、子宮内の環境に呼応して柔軟に変化します。

子どものメンタルヘルスのためにも、良質な食生活とコミュニケーションを

  • “エピジェネティクス”は生活習慣病以外の病気にも繋がるんですか?
  • 直接に仕組みが解明されたわけではありませんが、興味深い報告があります。妊娠中の偏った食生活が、生まれてくる子どもの精神の発達に影響を及ぼすという報告です*7。妊娠中に清涼飲料水やスナックなどの摂取が多く、不健康な食生活をしていた人の子どもは、“うつ”や不安症、注意欠陥・多動性障害といった傾向が強く見られたそうです。
    また幼児のころから野菜不足など偏った食生活を送っていた子どもは、精神的発達障害に陥りやすい、との結果も出ています。
  • 食生活が将来子どものメンタルに影響するかもしれないなんて、驚きました。
  • 遺伝子の働き方を変えてしまうのは、食べ物だけじゃないようなんですよ。たとえばスキンシップが赤ちゃんの将来の健康に大きく影響するといわれています。マウスを使った研究ですが、生後母親から十分な愛情を受けなかった子ネズミには行動に異常がみられますが、これが先ほどのエピジェネティックな変化によって引き起こされるものだということがわかっています*8
    マウスだけでなくヒトでも同じような仕組みがあると考えられます。たとえば目と目をあわせた話しかけや抱っこが脳の発育、情緒の発達に非常に大切だといえます。
  • そうなんですか!抱っこって大事なんですね。でも初めての子育てだったりすると、なかなか余裕もなくって…
  • そうですね。赤ちゃんとのスキンシップの時間をとったり、絵本を読んであげたりするには、まずはおかあさんに心の余裕がないと出来ませんよね。おとうさんや周囲の方の子育てへの理解と協力は不可欠ですね。おかあさんが安心できる環境があって初めて、赤ちゃんの健やかな成長が期待できます。

  1. 胎児期に形成される?生活習慣病―Barker仮説 福岡秀興 周産期医学Vol.42 増刊号2012 p285 東京医学社
  2. Rapid increases in infant adiposity and overweight/obesity in childhood are associated with higher central and brachial blood pressure in early adulthood. Howe et al. J Hypertens. 2014 Sep;32(9):1789-96
  3. 『胎内で成人病は始まっている』 デイヴィッド・バーカー著 藤井留美訳 福岡秀興 監修 ソニーマガジン
  4. DOHaD 研究会ホームページ  http://square.umin.ac.jp/Jp-DOHaD/
  5. 母親と子の栄養状態調査へ NHK 生活情報ブログ http://www.nhk.or.jp/seikatsu-blog/400/120262.html
  6. 『エピゲノムと生命』 太田邦史 講談社ブルーバックス
  7. Maternal and early postnatal nutrition and mental health of offspring by age 5 years: a prospective cohort study. Jacka FN et al. J Am Acad Child Adolesc Psychiatry. 2013 Oct;52(10):1038-47.
  8. Social isolation stress induces ATF-7 phosphorylation and impairs silencing of the 5-HT 5B receptor gene. Maekawa T et al. EMBO J. 2010 Jan 6;29(1):196-208.

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