最新医学と連携!産育食ラボVol.6 母乳が生活習慣病を防ぐ!?― 最新の研究から ―

最新医学と連携!産育食ラボ

「母乳に含まれる成分が、脂肪燃焼しやすい体をつくる」。そんな驚きの効果について、科学的解明が進んでいます。赤ちゃんの発育に遺伝子レベルから働きかけ、その後何年にもわたって健康をサポートする、母乳パワーの秘密とは?

工樂真澄博士(理学)

「月とみのり」専属サイエンスアドバイザー
工樂真澄博士(理学)

神戸大学理学部卒。神戸大学大学院自然科学研究科博士課程修了。
分子進化を主なテーマとして パリ11大学、国立遺伝学研究所、理化学研究所で研究を行う。ドイツでの子育て経験もあり。野球少年の一男の母。

母乳が優れているというのはよく聞く話。でも、生活習慣病を防ぐってどういうこと!?

  • 母乳で育った子どもは大きくなってから太りにくいと聞いたのですが?
  • “母乳と肥満”の関係が注目されてますね。赤ちゃんの頃に母乳で育てられると肥満になりにくいという調査結果が、さまざまな国の研究機関から報告されているんです。図1を見てください。人工乳のみで育った子どもと母乳で育った子どものBMI値を、年齢ごとに追ったグラフです。人工乳のみで育った子どもは(赤い矢印)、5歳を越えたあたりから母乳で育った子どもよりBMI値が大きくなる傾向があることがわかります*1。すなわち人工乳のみで育つと太りやすい傾向があると考えられます。
  • 小学校に入る頃になってから、母乳の影響が出てくるなんて不思議ですね。
  • 胎児期、乳児期の栄養環境が成長に及ぼす影響にはまだまだ不思議なことが多くありますね。
    子どもの肥満の評価には“肥満度”という値が用いられ、肥満度20%以上で軽度肥満と判断します*2。小児肥満の子どものうち、約70%は成人後も肥満状態が続くといわれています。また高度の小児肥満は、高血圧や糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病を合併する可能性が高くなるそうです*3。この調査結果は、母乳育児が小児肥満のリスクを減らし、生活習慣病の予防につながる可能性を示しています。
  • 以前のDOHaD(ドーハッド)説に関するお話(産育食ラボ Vol.3)のところでは痩せ型の女性が近年増えていて、それにともなって低出生体重児も増えているということでした。でも学童期の子どもの体重はどうなんでしょう。肥満児は増えているんですか?
  • 総務省統計局による肥満児の年次推移を見ると、最近はそれほど増えているわけではないようですね。それでも各年齢ごとに一定の割合で肥満児はいます。たとえば平成26年の統計では7歳児では約5.4%、12歳児では約9.4%が肥満傾向にあります*4
    子どもの肥満の原因は成人と同様に生活習慣の乱れにあり、たとえば朝食を摂らないとか、夜更かしをする子どもは小児肥満になりやすい傾向があるそうです。もちろん偏った食生活や運動不足もよくありません。まずは子どもの頃から健康的な生活習慣を身につけることが将来の肥満予防につながります*3。
  • 赤ちゃんの時は授乳を大切にし、離乳後は、食事や生活習慣に気を配ってあげることが大切なんですね。
  •  はい、それが将来にわたってお子さんの健康を支える力になってくれるんです。

遺伝子の働き方に作用し、「脂肪燃焼しやすい体」をはぐくむ、驚くべき母乳の力。

    • 母乳で肥満が減るメカニズムはわかっているのですか?
    • 最近、東京医科歯科大学の小川佳宏教授のグループが、たいへん興味深い論文を発表しました。母乳に含まれる成分が、脂肪燃焼する機能を発達させることを明らかにしたのです。*5
    • それはおもしろそうですね。どういうことですか?
    • まずは脂肪が体内でどのように分解されるかご説明しますね。
      食べ物から摂取した脂肪は肝臓や脂肪組織に貯蔵されます。エネルギーが必要になると脂肪は消化されて“グリセリン”と“脂肪酸”になります。さらに脂肪酸は “β酸化”とよばれるプロセスを経て分解されます。

このβ酸化にはいくつかの遺伝子が関係しています。遺伝子といっても実際に体内で働くのは遺伝子の産物であるタンパク質です。遺伝子がタンパク質に変わるようにうながすことを、“遺伝子の発現を活性化”するといいます。(詳しくはこちらをご覧ください)
小川教授らの研究ではβ酸化にかかわる3つの遺伝子に着目しました。いわば “脂肪燃焼遺伝子”といったところですね。出生直後のマウスと母乳で数日育てられたマウスで、この3つの脂肪燃焼遺伝子の活性の度合いを比較したのです。すると出生直後では活性化していないのに、母乳で数日育てられたマウスでは脂肪燃焼遺伝子の発現が活性化されていることがわかりました。

  • 母乳が脂肪燃焼遺伝子の発現を活性化したのでしょうか?
  • そう考えられますね。母乳で育つと肥満になりにくいことは以前から知られていたのですが、この研究はその事実をはじめて遺伝子レベルで明らかにしたのです。以前のDOHaD(ドーハッド)説に関するお話(産育食ラボ Vol.3)でもお伝えしたように、遺伝子は環境の影響を受けやすく、遺伝子そのものが変異したりはしませんが「働き方」が変わるんです。

 

母乳に含まれる脂質が、赤ちゃんの体内で脂肪分解スイッチをONにする!?

  • やっぱり母乳はすごいんですね!
  • 教授らのグループは、これらの脂肪燃焼遺伝子の発現が、どういった仕組みで母乳により活性化されるのかをさらに明らかにするために、“PPARα”というタンパク質に着目しました*6
  • PPARα???
  • 実はPPARαは “脂質センサー分子”と呼ばれるタンパク質なんです*7。このタンパク質は脂質があると働き出して、さまざまな遺伝子の発現を促します。小川教授らは先ほどの脂肪燃焼遺伝子が、このPPARαによって制御されていることを明らかにしました。
  • 脂質がPPARαのセンサーに触れると、脂肪燃焼遺伝子の発現が活性化するということですか?
  • そうなんです。いってみればPPARαはスイッチのような役目ですね。一言でいえばPPARαスイッチが脂質によってオンになると、脂肪燃焼遺伝子が働き出すというわけです。
    そもそも赤ちゃんがおかあさんの胎内にいるあいだに受け取る栄養は、脂質の少ないものなんです。でもうまれてからは母乳が栄養源ですよね。母乳の半分は脂質ですから、母乳を飲むようになって初めて赤ちゃんは豊富な脂質を摂取することになり、PPARαスイッチがオンになるのだろうと推測できます(図2)。

    DNAメチル化についての詳細はこちらをご覧ください。
  • なるほど!母乳育児は、脂肪が燃焼されやすい体質づくりにも役立つんですね。
  • そうなんです。そして大切なのは、この体質は生涯変わりにくいということです。これはいま話題のDOHaD(ドーハッド)説にもつながります。ですから赤ちゃんのときに母乳を摂取することはとても意味あることなんです。これらの研究はマウスを使ったものですが、同じ哺乳類である我々ヒトでも、同じような仕組みがあると考えられています。
  • 母乳の威力を思い知らされました!でも人工乳にも脂質って含まれてますよね?
  • もちろん含まれています。しかし最初にご紹介した図で、母乳と人工乳で育った子どもの成長に差が出ていることからも分かるように、その成分や割合は全く同等というわけではありません。今後はこの研究成果をもとに、脂肪燃焼関連遺伝子を活性化させる働きをもつような人工乳の開発が期待されますね。

  1. Latent protective effects of breastfeeding on late childhood overweight and obesity:
    a nationwide prospective study. Jwa SC et al. Obesity. 2014 Jun;22(6):1527-37.
  2. 肥満度=(実測体重-標準体重) / 標準体重×100 (%)
    http://jspe.umin.jp/public/himan.html 日本小児内分泌学会
  3. 子どものメタボリックシンドロームが増えている 厚生労働省e-ヘルスネット
  4. http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001014499&
    総務省 学校保健統計調査
  5. Ligand-Activated PPARα-Dependent DNA Demethylation Regulates the Fatty Acid
    β-Oxidation Genes in the Postnatal Liver.  Ehara T et al. Diabetes. 2015 Mar; 64(3): 775-84.
  6. PPARα(peroxisome proliferator-activated receptor alpha)は 、遺伝子の転写を促す作用を持つタンパク質の一種。
    脂肪細胞の分化に必須であることが知られている。
  7. Fatty acids and eicosanoids regulate gene expression through direct interactions with peroxisome proliferator-activated receptors α and γ. Steven A. K et al. Proc Natl Acad Sci USA. 1997 94(9): 4318–4323.
  8. 東京医科歯科大学プレス通知資料
    http://www.tmd.ac.jp/archive-tmdu/kouhou/20141014.pdf#search=’%E6%AF%8D%E4%B9%B3+%E5%B0%8F%E5%B7%9D

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